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2020年6月、5年の経過観察を経て通院終了、治癒。悪性リンパ腫から10年後の2024年に出産、1児の母に。*****婚約中の2014年12月4日、30歳で血液の病気「悪性リンパ腫」と診断されました。半年間の化学療法(抗がん剤)による入院治療を経て、2015年7月半ばのPET-CTの結果は完全寛解。今後5年間、経過観察のため通院予定です。後遺症は特にありません。妊よう性についても大丈夫そうです。唯一、今後一生できないことと言えば「献血」でしょうか…*****私の病気について体内に10センチ規模の腫瘍が3つありました。なぜこの病気になって、こんなにも辛い治療を受けないといけないのか?これが夢であれば…と何度もそう思いました。【病名と病期】縦隔原発びまん性大細胞型B細胞非ホジキンリンパ腫(PMBL)縦隔以外に、卵巣、その他リンパ節にも転移、LDH(腫瘍マーカー)は入院直前、約2500(基準値の10倍)のため、ステージⅢA入院時のsIL-2R(腫瘍マーカー)は不明ですが2クール目は1200台(基準値の2.5~6倍)月単位で進行する中悪性度のリンパ腫です。※縦隔とは左右の肺と胸椎、背骨に囲まれた部分※Aは倦怠感、発熱、寝汗、体重減少なし※縦隔原発は20~30代の女性に多く、卵巣転移も縦隔原発なら有り得るらしいが稀悪性リンパ腫の発症率は10万人に10人程度、原因は不明。血液の病気なので腫瘍摘出手術はあまり意味がなく、現代の医学では化学療法(抗がん剤)や放射線治療がメインとなります。縦隔原発の悪性リンパ腫に対して2013年米国での臨床試験結果が良かったことと、卵巣のことを考えると放射線治療を避けたかったので、びまん性大細胞型B細胞の標準治療R-CHOPではなくDA-EPOCH-Rを選択しました。(医師の勧めでもあります)縦隔原発の標準治療は2014年の段階で未だ確立されておらず、DA-EPOCH-Rの治療実績も日本ではまだ少なかったので、このブログがいつか誰かのお役に立てば幸いです。各クール、約一週間連続の点滴(抗がん剤)が必要なので、半年の入院、6~8クールを予定(1クール=3週間)。※6クール終了後に8クール続行が確定8クール後、髄注2回(一週間おき)。連続投与と血管炎防止のため、上腕から心臓付近まで中心静脈カテーテル(グローションカテーテル)を入れています。治療終了まで半年入れたまま。仕事は休職。退院後に適応障害と診断され、1年11ヶ月後に復職。予定していた結婚式、披露宴は延期。髪の毛が長いうちに…と思い、急きょ、入院の二日前にウエディングドレスでの前撮りを済ませました。2015年4月に予定通り入籍(この時まだ入院中)。2017年に結婚式・披露宴(予定から2年半越し)。家族、友人、職場の方々、そしてこの病気をきっかけに知り合った方々に支えられ、今を生きています。ありがとうございました。【発覚までの経緯】2014年7月 健康診断では異常なし。2014年8月 風邪をこじらせ、副鼻腔炎。抗生剤メイアクトが効かず、クラリスでやっと治る。治るまで時間がかかった。(過去にも副鼻腔炎の経験あり)2014年9月 左側肋骨の辺りが一時的に痛くなるが、肋間神経痛だと思い、ロキソニンを飲んだら5日で痛みが治まる。この時期、仕事が多忙でストレスは過去最高。首の前側、鎖骨と鎖骨の間が痛くなる。目の下かつ鼻の横に肌荒れ症状が出る。2014年10月 喉に違和感。イガイガするときがあり、入院直前まで続く。2014年11月 再び左側肋骨が痛み、総合病院へ。胸のレントゲンに白い影あり。大きさは8cm。翌日、更に紹介を受けて別の総合病院で検査。縦隔に腫瘤があると言われる。その一週間後に縦隔の針生検(局所麻酔)。針生検当日に、卵巣にも腫瘤があることが判明。右が11cm、左が8cm。言われるまで自覚症状なし。婦人科医からは一般的なものではなく珍しいものだと言われ、ひとまずMRIを撮ることに。針生検の結果が出るまでの間、卵巣は日に日に大きくなっている気がした。縦隔のほうは、肋骨周辺の痛みは消え、左肩が痛くなったり、咳が出るようになったり…無症状のときも多かった。2014年12月 縦隔腫瘤は悪性リンパ腫と診断される。卵巣腫瘤もおそらく悪性リンパ腫だろうとのこと。また12月半ばのPET-CTの結果、その他リンパ節にも転移あり。2014年12月11日のPET-CTの結果はブログをご覧ください。卵巣を休眠させ(擬閉経状態)、抗がん剤の副作用の不妊を回避させるためにリュープリン注射を打っています。詳細はこちらまだ研究段階らしいので賛否両論あるそうです。リュープリンの副作用はホットフラッシュ、情緒不安定。→最後のリュープリン注射から約半年経っても生理が戻らないため11月に婦人科受診ホルモン治療を1回だけ受けて、その後、月経が戻る。周期も徐々に正常範囲内に。婦人科受診はひとまず終了。【DA-EPOCH-R療法】DA(dose-adjusted)=用量調整E=エトポジト(ラステット) 2~5日目P=プレドニゾロン(プレドニン) 2~6日目O=ビンクリスチン(オンコビン) 2~5日目C=シクロスファミド(エンドキサン) 6日目H=ドキソルビシン(アドリアシン) 2~5日目R=リツキシマブ(リツキサン) ※分子標的薬 1日目96時間連続の点滴がメイン。プレドニンは錠剤で、1日あたり朝と昼に9錠ずつ。3クール目よりアドリアシン、ラステット、エンドキサンの用量が約2割ずつ増え、無菌室に入らない程度に骨髄抑制されるまで用量が増え続けます。※私の場合、6クールまで増加○2014年12月16日より1クール目開始腫瘍崩壊症候群を避けるため+1Lの生理食塩水。リツキサン後回し。白血球を上げるグラン注射5日間。○2015年1月6日より2クール目開始2015年1月19日の胸部レントゲン結果はこちら10倍あったLDHが基準値になる。グラン注射7日間。○2015年1月26日より3クール目開始皮下注射のグランが痛すぎるのと入院での精神的ストレス(不眠&情緒不安定)もあり、3クール目から1回で済むジーラスタへ変更。お蔭で一週間早めに外泊許可が出る。精神面を考慮してくれた模様。○2015年2月16日より4クール目開始4クール目の後、造影CTとエコーを受け、縦隔はうっすらと影が残る程度に、卵巣は左8cm→3cm台、右11cm→5cm台で体積8分の1に。○2015年3月9日より5クール目開始5クール目の後、骨盤のMRIを撮る。○2015年3月30日より6クール目開始6クール目の後、造影CTと骨盤のMRIを撮る。結果により6クールで終了か8クールまで続くかが決まる。4月16日、念のため8クールまで続行することが確定。理由はブログをご覧ください。○2015年4月20日より7クール目開始動悸がひどいので念のため心エコーを受けるが、特に問題なし。おそらく貧血が原因かと。赤血球輸血ギリギリの数値だが回復を見込んで輸血せず。○2015年5月11日より8クール目開始ジーラスタの副作用、全身筋肉痛を和らげるために、鎮痛剤トラムセットが処方され、7割程軽減される。重度の貧血Hb4.9でベッドから起き上がることも困難となり、ついに赤血球輸血(2パック)。○2015年6月1日 髄注1回目副作用は特になし。○2015年6月8日 髄注2回目副作用は特になし。翌日、退院。○2015年7月PET-CTにて完全寛解。完解後のPET-CT画像はブログをご覧ください。念のために受けた骨盤のMRI(卵巣)も問題なし。sIL-2R(腫瘍マーカー)は200台で基準値内。
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