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毎日心地よく穏やかに過ごしたい。それが一番の幸せ。【プロフィール】 小さい頃、2歳年下の弟は栗色のロン毛で目はクリクリ、いつも女の子に間違われてちやほや。それに比べて私はショートカットで男の子?と聞かれることも多かった。そのころから「どうせ私はかわいくない」「どうせ私は気にかけてもらえない」という『拗ね』が出現 小学校の時にはケガで長期入院した弟の影響で毎晩近所の家に預けられる。親に迷惑をかけないようにとここで感情を封印し『我慢すること』で親からの愛情を受けようとし始める。爪を噛むクセがずっと抜けない。 中学生になると「大丈夫か?」の一言が欲しくて、教室の隅でお腹が痛いふりをして私を見てーと『注意をひきたがる』言動続出。 高校は希望校に受験で入学、大学受験は受験に失敗するのが怖くて確実に入れる推薦で短大へ。自分で決めたことではあるが受験にチャレンジしなかったという『自己否定』を持つ。 高校は帰宅部、中学は吹奏楽部に入ってはいたが発表会が嫌でその日に仮病。人前に出ること、部活内の上下関係を築くことが怖いという『恥をかきたくない』『人が苦手』が発動。毎日学校に行き来のみ。 就職はバブルに乗って大手保険会社にはいったが、同期が進学や転職で退職していく姿を見て3年目の秋に辞めることを決意。女性が取れる資格の本の中から看護師を選択。理由は国家試験の合格率が高かったこと、一生独身でも、たとえ離婚してもやっていける職業だからと、安全を選択。 ここまでとくに大きな挫折はなく生きてきたが、何かが足りない何でうまくいかないんだろうと生きづらさをずっと抱えていた。よくよくみれば【固める反射】バリバリで生きてきたことがよくわかる。 大学受験をしなかった自己否定を解消するかのように3か月の猛勉強の末、看護学校に入学。人に接するという過度な緊張の中、過酷な実習に臨む。26歳で看護師になったが何かがまだなにかが足りないと、看護師3年目に心理学の通信大学を始める。 その頃に職場の男性と結婚、周りからもいつも楽しそうねと言われるほど仲良し。ただ親友からは「我慢してるね」といわれたが、その時はその意味が全く分からず。今思えば自分というものがなく相手の希望に合わせてすべての言動を決めていた。 その後、子宮外妊娠や不妊治療をするが子どもができず犬を飼う目的で広いマンションに引っ越し。一度も夫婦ケンカもなく女性問題や借金などはなかったが、少しずつ小さなことがすれ違って結婚14年半にして離婚。何が悪かったのか分からずスッキリしないままの感情をずっと引きずる。 離婚して2年間はただただ自宅を職場を往復するだけの毎日。そろそろ動き出さないとまずいと思った時に心理学の実践セミナーに参加。 しかし、自分を見直し整える方法を学んだにも関わらず自分を認めることがなかなかできなかった。日常には大きな問題ないけれど、なんだかすっきりしない。 もっと自分を見つめる状況になればすっきりするのではと50歳を前に退職。1年間、退職金を使い果たすほどに自分自身につぎ込み自分を追い詰めるが自己否定の毎日。思考や感情をどうにかしようとしてもどうしても抜けきれない。どうにかしたい。 その時に出会ったのが梅田幸子さんの原始反射の統合ワーク。固まっていたからだとこころがゆるんで怖いことが減ってきた。0か100かという考え方ががゆるんで小さなことからチャレンジすることができるようになった。動けるからだと動けるこころを手に入れて、毎日を心地よく過ごせるようになってきた。 私自身が心地よく過ごせるようになった反射の統合ワーク。からだが変わりものごとの捉え方が変わることで、自分が使いたい方向にエネルギーを使えるようになる。日々の小さな幸せを実感できる。 心地よく毎日を過ごせる人が増えれば増えるほど、その周りにいる人も心地よくなる。そんな世界は楽しいし、そんな世界が作れたらいいな。 たけうちゅうこ ※「ゅ」が小さいのは、わたしに、うちゅう、があるから♬
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