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私は岡山県の北西部の過疎の山の中で生まれ育ちました。小学校4年生までは複式授業を受け、なんせ子供が少ないので6才位年上の人たちまで含めて野球ごっこなどしたり、岩肌の山の斜面を転落しそうな目にあいながら一人登ってみたり、ターザンの真似をしてカズラにぶら下がってブチ切れて(か、カズラの巻きついてる木の枝が折れたかで)山の斜面を滑り落ちたりと (((( ;°Д°))))・・・けっこう危なっかしいことして遊んでいました。受験戦争などと言われた時代だったと思いますが、大変田舎ですし塾や予備校等もなく勉強や学校での競争心もあまりなく。。。自分で言うのもなんですが結構純心に育ったと思います。家の山仕事(シイタケ作りや松茸山の施業や斧で薪割り)の手伝いを小学生のころからたくさんさせられたせいか、仕事が嫌になって、高校生の時(今にして思えば皆は受験勉強してたのかもしれませんが)、まだ仕事に就きたくなくって・・・勉強は嫌いだったんですが、「学問は積んでおいた方がいい」と親が言うものですから大学に行ったんですが、経済的に厳しかったものですから3年分も学費免除していただきました(成績上位何%といった条件は当然ありました)。家賃8000円の3畳のトタン屋根の下宿に暮らし「今月仕送りができんけど大丈夫かな?→ウン、大丈夫だいじょうぶ・・・」と言いながらあせって明日からの食費を今夜のバイトで稼ぎ、というようなことも。。。(・・;)バイトしてサークル活動して、時間が無くなって実験レポートや設計演習の設計書提出前にはいつも徹夜気味になって・・・(^_^;)(^_^;)(笑)(言っときますけど、工学部系の大学生は遊んでばかりじゃないですよ!)学校卒業後、メーカーに就職して電気製品やガス器具、LCDなどの設計開発、製造に携わってきました。日々深夜まで働き、時間外労働時間は毎月百数十時間、徹夜するようなこともしょっちゅうあり(サービス残業ばかりでしたが・・)、とにかく一生懸命でした。そんな日々が15年くらいは続いたと思います。が、21年目のある日、とても尊敬していた上役の人から自分としては何のことか全くわからない言いがかりをつけられて退職する羽目に・・・(今にして思えばちょっとした誤解や思い違いだったのかもしれませんが・・・)その後は自営業という形で同様の仕事を続けたり、派遣社員として開発仕事に携わったりしてきました。いつも一生懸命やってきたつもりですが、こういった仕事の経過から「俺の人生なんだかうまくいかないなぁ~」と感じていた時期もありましたが、やってる仕事はいつもやりがいのあるいい仕事ばかり(そんな大それたことではないのですが、私にとってはということで・・・)こんなことを書くと頭がおかしくなったんじゃないかと思われるかもしれませんが、40歳台後半くらいから、「なんだか仕事のほうが自分を呼んでいる」ような気がしてきました。なんせ世の中には自分なんかより優秀な人が数えきれないほどいるのに何故か自分がさせていただいているのですから。。。また、あの時、あの人がいてくれたから、あの時の自分だったから・・あのメンバーだったからあの仕事が出来たのかもしれない・・良くも悪くもそういったことがいうことが何度かあったような気が今はしています。ついつい嫌なことが気になりがちなりますが、助けてくれた人や協力してくれた人、自分のことをきちんと評価してた人も身の回りにいた。そんなありがたさを最近あらためて感じています。極端な話、嫌だったことからはそういうことも世の中にあるんだということの人間の学びや、不本意・理不尽ではあるけれど会社を辞めさせてくれた上司がいてくれたおかげで、助けてくれた人もいて、もっと別の経験ができて、人のありがたみや教えにも触れ、案外幸運だったのかもしれないとも思うようになりました。業界初などのような商品開発にもいくつか携わらせていただき、こういった工業製品もまだチャレンジしていくつもりですが、最近自然の物にも興味をひかれるようになりました。もう、還暦を迎えましたが・・・・・・人生の後半・・・まだまだ、もうちょっとやってみたい・・・兵庫県に住んで大阪の会社に通い、鳥取県に家族はいて、岡山県の実家と、行ったり来たりしながら活動しています<妄想・想像・創造 想いを形に>
テーマ: えとせとら
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