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「リストランテ・ステファノ」のオーナーシェフのファストロ・ ステファノです。私は北イタリア・ヴェネト州にある『プロセッコワイン』で有名なヴァルドビアデネという小さな町で生まれました。4人兄弟の長男です。料理の世界に足を踏み入れたのは17歳の時。3年間、料理学校に通っていた頃から土日はレストランでアルバイトをしていました。15歳の時には既に料理人を志すことを決めていました。それは、料理上手な母が作る手料理を、家族が笑顔で囲う空間。それが大好きだった事。家には果樹園やぶどう畑があり、ワイン作りを小さい時から当たり前に手伝っていたこと。それがいつも楽しく、私の現在の姿に繋がっています。私は手先が器用だと、周りの大人によく言われていました。それが更に「職人への道」の後押しになりました。今でも日曜大工や物作りは大好きです。料理学校を卒業後、ホテル、レストランで経験を積み、その間、イタリアには徴兵制度があるので1年間軍隊生活を送りました。軍の中でも私は、上官クラスの料理を担当していました。1996年にイギリスのロンドンへ渡りました。昼はレストランで働き、休憩時間には語学学校に通い、夜はまた仕事に戻るという生活を続けました。大変でしたが充実した毎日でした。ロンドンでは金融街シティーにあるレストランで全セクションのシェフを勤め、その後、私が師とあおぐシェフの元、ハーリズバーという会員制の高級レストランで料理の腕を磨きました。この間、東京の有名ホテルにあるイタリアンレストランからオファーがありましたが、その時は、ロンドンで経験を積む選択をしました。私は、幼い頃から、日本へ興味があり、柔道をしていた経験もあります。武士道や、侍魂は私の興味を強く引き付けました。日本に来る前、イギリスを選んだのは、英語を話せれば世界の国の人々とコミュニケーションがとれ、いろんなドアが開くと考えていたからです。日本への来日は1999年です。日本で最初のイタリア人オーナーシェフとして有名な、カルミネ氏のレストランで、総料理長として4年間の経験を積みました。はじめは日本語をほとんど話せなかったので本当に大変でした。今では懐かしい話となりましたが、文化も違うスタッフとのコミュニケーションから始まり、どのように料理を作るか、その伝える難しさ。そこがスムーズになるまで、その間私をサポートし今でも良き相談者でいてくれるカルミネ氏には、本当に感謝しています。その後、2004年2月に神楽坂に北イタリア料理(ヴェネト料理)専門店としてリストランテ・ステファノをオープンしました。オープン以来、数多くのお客様に愛され、料理人であることに喜びを感じています。
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