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個人専業投資家。日米株に長期で張っているが、実態は「銀行・商社・リースでポートフォリオの半分を占める、地味で渋い中年の持ち物リスト」。優待株も多く、配当と優待で生活していると言えば聞こえはいいが、実態は“企業に養われている無職”。FIREとは自由ではなく、社会との接点を失った人間が、配当という点滴で延命しているだけなのかもしれない。だが、ここに至るまでの道のりは決してスマートではなかった。私はもともと技術系の会社員で、会計や財務の知識はほとんどなかった。財務諸表も読めない状態からスタートし、FIREを目指して学び、実践を繰り返してきた。数字の意味も分からず、企業分析の“型”も知らず、ただ必死に勉強し、失敗し、また立ち上がる日々だった。その結果、現在は100銘柄以上を保有し、約+73%のリターンを実現している。「企業に養われている無職」という自虐の裏側には、泥臭い努力と積み重ねがある。取引時間だけは投資家の仮面をかぶり、チャートを前に「市場と対話している風」を装う。しかし鐘が鳴ればただの暇人。ジムで汗を流し、サウナで整え、公園を歩き、書店で立ち読みして“人間らしさ”を保つ努力をしている。自由は残酷で、規律を奪い、人の弱さを容赦なく暴く。FIRE後に崩れるのは市場ではなく、自分自身だ。長期投資とは、株を握りしめて“寝て待つ”宗教ではない。企業が本当に成長し続けるのか、その果実を複数年にわたって受け取る覚悟があるのか、自分の弱さと向き合う行為だ。判断基準はグレアムの「安全域」とバフェットの「経済的堀」。だが結局のところ、最後に足を引っ張るのは“人間の欲と恐怖”。だから複数AIを使って銘柄分析をしても、最終的に負けるのは自分のメンタルだったりする。FIREで得た自由は、同時に“自分の本性が丸裸になる時間”でもある。怠惰、焦燥、孤独、無意味感。どれも市場より手強い敵だ。だからこそ、株式投資と自由な日常を、毒と哲学を添えて綴っていく。「自由とは、誰にも怒られない代わりに、誰も助けてくれない状態のことだ」と自分に言い聞かせながら。NOTE:https://note.com/pontataro
テーマ: 今日のできごと
資産運用・投資
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