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軽はずみ――過去の偉大な音楽は、時に軽はずみな者たちの勇気から生み出されてきた。ラジオのDJから一転、ファミリー・ストーンを引き連れてポップ市場に侵攻したスライ然り。ハードコア・パンクからラップに転向、一山当てたビースティ・ボーイズ然り。「面白そうだからやっちまえ」という衝動に忠実であること、躊躇することなく思い切りやってしまう姿勢が、彼らの原動力だったはずだ。 日本のヒップホップ関係者にそうした軽はずみさを持つMCは誰か?と訊いた場合、かなりの高確率で「ポチョムキン!」と答えが返ってくるのではないか。ヘンなもの、面白そうなものを嗅ぎつける鼻の良さと行動力は一級品。熊本の方言で言う“わさもん”(=新しもの好き)ほど、ポチョムキンにお似合いの形容はないと思う。 餓鬼レンジャーでの活動と並行して、随喜と真田2.0、ドスモッコスなど、さまざまなグループに参加してきたワーカホリックMC、ポチョムキン。高速ラップから変則的フロウまで自在にこなすスキルは同業者からも評判で、GAGLE、YKZ、韻踏合組合、サイプレス上野とロベルト吉野など、数多くの客演をこなしてきた。KREVA、CUEZERO、DABOと共に“Fantastic 4”名義で録音したポッセ・カット「ファンタスティック 感動」も記憶に新しいところだ。 ポチョムキンの音楽的守備範囲は、昔からやたらと幅広かった。餓鬼レンジャーのデビュー作『リップ・サービス』(98年)に収められている人気曲「シド&ナンシー」(セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャスの晩年を描いた劇映画と同題)は、パンクもチラッと通過した彼の出自を示すもの。当時の取材で愛聴盤を訊くと、何故か「311とディープ・フォレストっすかねえ」と真顔で返されたのを覚えている。最初のソロEP「ゲンゴジェットコースター」を録った頃はアンダーグラウンド・ヒップホップに傾倒する一方、ポーティスヘッドなども聴いていたようだ。同作に近田春夫&ビブラトーンズ~PINKで活躍した名シンガー、福岡ユタカを迎えていたことも忘れ難い。 そうした多チャンネル性と“わさもん”な性格を明快に具現化したのが、“ポチョムキン&スーパースター列伝”と銘打ったコンセプト・アルバム『ゴキゲンRADIO』(07年)。縁のラッパーたちからレゲエ勢、大西ユカリまで巻き込んだ本作は、彼のアンテナの確かさを再確認させてくれる。ポチョムキンは00年にも自ら立ち上げた“東雲レコーズ”から、TOKONA-X、茂千代、THA BLUE HERBなど日本各地の敏腕MCをフィーチャーしたコンピレーション『RAP WARZ DONPACHI!』を発表、プロデュース能力の高さを発揮していた。 そして今年、満を持してのソロ活動本格再開。しかもメジャーからのリリースということで、いったい何を企んでいるのか大いに気になるところだ。現時点で見えている限りだと、「サンバおてもやん」にラップを乗せるという予想外の実験に着手。この「サンバおてもやん」、タイトル通り熊本民謡の「おてもやん」をサンバ化したファンキーなインストゥルメンタルで、彼の地元熊本では“火の国祭り”の見せ場である“おてもやん総踊り”のBGMとして半ばアンセムと化している。以前「おてもやんサンバ 2」のタイトルで“MICKY RICH feat POCYOMKIN”としてレゲエ・コンピ『HUNTER CHANCE STUDIO Vol.2』(05年)に収録、地元で局地的スマッシュ・ヒットを記録したそうだ。今回はこれを根本的にリアレンジしており、新ヴァージョンにもMICKY RICHが参加予定の他、あっと驚くフィーチャリング歌手と現在熱烈交渉中とのことだ。 もうひとつ、意外なコラボが進んでいる。ウルトラ・マグネティックMCズのクール・キースとコラボ・アルバムを録音するなど、ヒップホップへの接近を続けている54-71のドラマー、BOBOと“ラップ VS ドラム”のガチンコ・セッション。変則的リズムを前にすると燃え上がるタイプのポチョムキンが相手だけに、壮絶な仕上がりが期待できそうだ。 つまりKnife Edgeからのリリースは、“いちラッパーとしてマイク1本で臨む異種格闘戦”というコンセプトに焦点が絞られる模様。稀代の軽はずみ王がどこまで自由に跳躍してくれるのか、期待に胸膨らませつつ続報を待ちたいと思う。まず問いたい。十余年のキャリアを持つベテランMCのソロ・デビュー作が、何でまた『赤マスク』なんてタイトルなのか、と。意味ありげであると同時に、えらく大づかみにも思えるネーミング。大方、出来上がったジャケのイラストを見てまんま命名したとか、そんなノリではないか。そもそもMCネームの由来からして、「『戦艦ポチョムキン』という映画を観て、面白くなかったから」(雑誌での発言。後日、ライムスターのMUMMY-Dから「あざといんだよ!」との指摘あり)。そうした“テキトー”と“計算ずく”のどちらともつかないキャラクターは、過去に何度インタビューで追い込んでも白黒つけることができなかった。毎回多くの質問に対し、「どうなんすかねえ」「わかんないすねえ」と返すポチョの語り口は、かと言って決してはぐらかしてる風でもなく、「俺はラップの中で全部言っちゃってるんで!」という彼の発言が本当に全てなのだと思う。 興味が向いた方にプラーッと行ってしまう気まぐれさがある一方で、決して譲らない領域を堅持している、そういうタイプの表現者。守るところは守りつつ、外からの影響を自身のスタイルにどんどん反映し、作品ごとに変化を繰り返してきた。その大胆さと高度の咀嚼力は、本作に先駆けてリリースされたミックス・アルバム『ヒトリズモウ』で、もういやというほど堪能することができる。 そして出来上がった『赤マスク』は、制作初期に予感された通り、ポチョの可能性を大きく押し拡げる一枚となった。普通なら取っ散らかってしまいそうな幅広いアプローチのアルバムだが、回転式拳銃のごとき勢いで撃ちまくり、ダレる場面がない。間に挟まれた心底しょーもないスキットも、全体のトーンを整える役割を果たしているように思う。 アルバム冒頭を飾るのは、テキサス/メキシコ風ロカビリー調のトラックが鮮烈な「Twist It」。そして続く「Money Back」では早くもフルチンになってしまう。情けなくも泣けるリリックは、ポチョムキン流のブルースとも言えそう。トラックは、アルバム『Black Ships』で脚光を浴びたTokyo Black Starの熊野功雄によるもので、同じく彼が手がけた後半の「Black & Gold」(MO-RIKIとの共同プロデュース)共々、腰の入ったファンクネスが心地好い。 よりヘヴィにファンクする「弾丸のCORE」は、田中秀樹(B)とTHE CAVEMANSの宮良直哉(Dr)という強力なリズム隊がバックアップ。田中はYKZ在籍時に餓鬼レンジャーとのジョイント・シングル「ILLEGULAR」で共演済みだし、餓鬼のHigh SwitchとGPによるH.G.S.Pのアルバムにも力を貸しており、ポチョとは旧知の仲だ。 待望のデビュー・アルバム『David』をリリースしたばかりの注目ユニット“PSG”からはPUNPEEがトラックを提供。ディプロとフライング・リザーズの間を行くような催眠的トラックにポチョが絡みつく「T.I.P.」は前半のハイライトとして推したい。お得意の変にリアルな状況設定を活かし、持ち前のフリーキーさを遠慮なく発揮している。 次の「Brand New Love」ではZAZEN BOYSの向井秀徳とがっぷり四つに組んだコラボを展開。シンセの比重が増えた近年のZAZENテイストとポチョの個性とが見事に溶けあい、“九州男児ズ・イン・トーキョー”とでも呼びたい、男泣きエレクトロ・ポップの名曲が生まれた。本稿執筆の段階では未見だが、この2人でPVも撮影済みだ。 GPと真田人を相手にやりたい放題の性交賛歌「Umbo Umbo」も強烈。もうすっかり記憶の彼方に行っていたマカレナのビートがレゲトン以降の感覚で甦っている。独特のマジックを起こすスペシャル・タッグ“随喜と真田2.0”の活動再開にも期待したいところだ。 次世代ファンク・バンドの筆頭、MOUNTAIN MOCHA KILIMANJAROと組んだ「スーパーマン☆」は、意外にもタイトな8ビート。とことん前のめりに言葉を詰め込んでいく手法はポチョの真骨頂だ。チカーノ・ロック風のファズ・ギター、TAMMIKOOLのガッツ溢れるバック・ヴォーカルもハマり、スモーキーなロッキン・ファンクに仕上がっている。 「バンドやろうぜ!」ではTHE CAVEMANSの面々に加え、T.P.O.などで活躍する達人揃いのブラス・セクション、鵜川知宏(FRISCOで活動)のペダル・スチールと、強者達をバックに従え、ポチョが11種の楽器を演奏。特にウッドブロックが……いろんな意味で凄すぎる。 ジャズ・ファンク調の「Ping Pong Pang」も新味。54-71のBOBOが叩き出す最高の生ブレイクブーツ、天翔けるフェンダー・ローズに乗って、“カリフォルニア巻 変な寿司”などという不測のパンチラインが出てくるから油断ならない。 後半のハイライトとして熱烈に推したいのが、EL-NINOでの活動で知られるプロデューサー、OLIVE OILがプロデュースした「海月」。「ゲンゴジェットコースター」の時期に培った変則的フロウの進化形ながら、よりヴィジュアリスティックかつ洗練された表現で華麗に泳ぎ切る。自身をクラゲになぞらえたリリックも言い得て妙。ドープなトラックを巧みに乗りこなし、聞き手のイメージを間断なく刺激し続ける。 アルバムのラストを飾る「おてもやんサンバ」では、遂に念願かなって同郷の大先輩、水前寺清子との共演が実現。常人では思いつきようがない異色コラボだが、ジャンル・世代を越えた猛烈なエネルギーのぶつかり合いに思わず息を呑む。凄まじくハイで素晴らしくソウルフルなアンセムの誕生。ニューオーリンズ出身のラッパー達がマルディ・グラを讃えるのと同様に、郷土愛をストレートに語っている。 異種格闘戦の数々と、気心知れた仲間達とのセッションとを、無理なく1枚のアルバムとしてまとめ上げているのは、誰あろうポチョ自身の変幻自在なラップ。特に背伸びした様子もなく、共演者1人1人との音楽的交歓を全力でエンジョイする様が、各曲からヴィヴィッドに伝わってくる。たった1人でリングに立った赤マスクの勇者が、キン肉星王位争奪編よろしくこなしていくバトルの数々——決して立派とは言えない体格の33歳男子がマイク1本のみを武器に繰り出す至芸の数々を、その髄まで味わい尽くして欲しい。ラップという表現の悦楽を、このアルバムはありとあらゆる体位で見せつけてくれる。見せるのも見られるのも、割と好きなタイプなんだと思います。荒野政寿(CROSSBEAT)
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