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はじめまして。【迷いを終わらせて“わたし”で生きる】写真と対話で、人生とビジネスの“これから”をひらくフォトコーチ・湯沢桂子(kei)です。私は、綺麗な写真を撮るだけの人ではありません。誰かの理想の型をつくる人でもありません。誰かの期待の中ではなく、“わたしで選べる感覚”に、そっと戻る時間をつくっています。┈𓇠 ┈┈𓇠 ┈┈𓇠 ┈┈𓇠 ┈┈𓇠 ◼︎ 写真の世界に入ったきっかけ私が写真の世界に入ったきっかけは、父のカメラでした。2008年。私にいつも大きな影響を与えてくれていた、尊敬する父が急逝しました。遺品整理のとき、父が大切にしていたカメラを見て、「パパの見ていた世界が見たい」そう思い、形見として引き取りました。そのカメラを持ち歩き、ファインダーを覗くたびに、父と同じ景色の中に、自分も立っているような気がして。気づけば、写真を撮ることが、とても楽しい時間になっていました。◼︎ 写真の意味が変わり、起業へと踏み出した日2011年3月11日。東日本大震災。その日、私は渋谷の地下街にいました。大きな揺れの中、人の波に押されるように地上へ出て、乱れる交通網の中、なんとか自宅まで辿り着きました。ほっとしてテレビをつけた瞬間、そこに映っていたのは、現実とは思えない光景で、状況を飲み込むのにだいぶ時間がかかったのを覚えています。数日後。瓦礫の中を歩きながら、「せめて写真一枚でも残っていないか」そう探し続けるご遺族の姿を、テレビで見ました。そのとき、胸の奥が大きく揺れて、涙が止まらなくなりました。一枚の写真には、どれほどの力があるんだろう。人は、思い出をどれほど大切に抱えて、生きているんだろう。そして、その思い出や一枚が、これからを生きていく力になることも、絶対にある。父を亡くした私が、今でも心の支えとして父の写真を大切にしているように。「思い出を、形として残すこと」 その大切さを、 はじめて深く、心で感じた瞬間でした。父のカメラをきっかけに、ただ、撮ることが楽しくて、自分のために続けていた写真。その後、家族の時間を撮らせてもらうようになり、「ありがとう」と言ってもらえるようになり。写真を通じて少しずつ、誰かの人生の中に入っていく感覚が生まれていきました。それらすべての経験があの震災をきっかけに、ひとつにつながりました。思い出は、人の心を支え、これからを生きていく力になる。だから私は、趣味ではなく、「写真を残すこと」を仕事にしようと、起業することを決めました。◼︎ 家族写真から、プロフィール写真へ最初に撮っていたのは、家族写真でした。何気ない日常から大切な節目のイベントの七五三、そしてニューボーンフォト。小さな命のぬくもりや、大切な人との距離の近さ。その時間の中に流れている空気が、私はとても好きでした。何年も、たくさんのご家族の時間を撮らせていただくうちに、少しずつ、「写真を撮る時間そのものが、その人の気持ちを整えていく」そんな不思議な瞬間に、立ち会うようになりました。やがて、「自分の写真がほしい」「仕事用に写真がほしい」そう声をかけてくださる方が、増えていきました。家族の時間から、 “これからの自分”へ。私の写真は、少しずつ、プロフィール写真へと、形を変えていきました。◼︎ プロフィール写真と、違和感の始まりプロフィール撮影を始めた頃 私は、オーダー通りの写真だけを撮っていました。・こんなイメージがいい・こんなふうになりたいフォトグラファーなので、イメージを形にすることはもちろん得意です。オーダー通りの写真は、もちろん喜んでいただけました。でも、撮影を続けていくうちに見た目は整っているのに、どこかちぐはぐな写真や、その人の“外側”と、中にあるものの間に、小さなズレを感じるようになりました。それは、人事の仕事をしていた頃に感じていた、「言葉と本音が、少し違う感じ」と、とてもよく似ていて。「このズレを、どうしたらいいんだろう」そう考えるようになったのが、今の仕事につながる、はじまりでした。◼︎ その違和感の先にあったものどうしたら、その人の中にあるものが、ちゃんと表に出てくるんだろう。もっと言ったら、”どうしたらその不一致に気づいてもらえるんだろう”そう考えるようになって、私は、撮影の前に話を聞く時間をつくるようになりました。どんな人で、どんな時間を生きてきて、これから、どんなふうに在りたいのか。写真を撮る前に、一緒に言語化していく。その時間が、写真の空気を、少しずつ変えていきました。◼︎ フォトセッションという形へ撮影の前に、少し話をする時間をつくるようになってから、写真の違和感が薄れてきました。表情がやわらぎ、目の奥の緊張がほどけて、その人らしい空気が、写真の中に残るようになっていきました。「こんな自分、はじめて見ました」「写真を見て、自分のことを好きになれました」そんな声を、少しずついただくようになって。私は、撮影前の対話を重ねる時間と写真を撮る時間そのものが“その人がわたしに戻る時間”になっていることに、気づきました。撮影と、対話の時間を、ひとつの流れとしてつくる。そうして生まれたのが、いま私がお伝えしているフォトセッションです。◼︎ わたしが、大切にしていること― 言葉と本音のミスマッチ ―私のフォトセッションは、「変わるため」の時間ではありません。何かを足したり、無理に前に進ませたり、誰かの型にはめるためのものでもありません。すでにその人の中に在るものが、そっと前に出てくる時間。“わたしで選べる感覚”に、静かに戻っていく時間。写真は、“その人のこれから”をつくる力”も持ちながら、同時に“本来のわたしに戻るためのしるし”でもある。私は、そう思っています。フォトグラファーになる前、長年、人の心と向き合う仕事をしてきました。企業の人事・人材育成の現場で、たくさんの人の声を聴き、たくさんの“違和感”にも立ち会ってきました。組織の中で、自分らしさを置き去りにして、頑張り続けている人たち。本当はそう思っていないのに、自分に嘘をつき続ける人たち。私は、そういう“言葉と本音のミスマッチ”を、長い時間、見てきました。だから今、目の前の人の中にある小さな違和感に、自然と目が向きます。その違和感や本音を隠したまま、人生や仕事を続けてほしくない。もっと「わたしらしく」生きていいのだから。そんな想いが、今のフォトセッションにつながっています。◼︎ 迷いを終わらせて、“わたし”で生きる私は、写真と対話で、その人が「わたしに戻る」時間をつくっています。違和感の奥にある本音に気づき、誰かの期待ではなく、自分の感覚で選べるようになること。それは、人生や仕事を、自分の足で歩き直すということだと思っています。そんな時間を、一緒につくっていきたいと思っています。
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