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・1963年生まれ・大阪府富田林市在住・ボディビル歴33年●幼少期・1963年7月24日、和歌山県で私は生を受けた。・一人っ子の私は、機械設計技師の父と料理の得意な母の愛情をたっぷりと受けてスクスクと育った。・父の仕事の関係で、大阪府、滋賀県、兵庫県と引っ越しをし、幼稚園の年長組のとき、神戸市から京都市に移った。・最初、京都弁が意味不明で理解に苦しんだ。●小学生時代・友達とは三角ベースや赤影ごっこ、仮面ライダーごっこをして遊んだ。・ゲームも大好きで、野球盤や人生ゲームなどをして遊んだ。・走りが得意で、小学校6年間、毎年運動会のリレー競技にはクラスの代表選手に選ばれた。・しかし、小学生の頃から、やせ型で貧弱な身体にコンプレックスを感じていた。・テレビっ子であり、子供向けテレビ番組でほとんど舞台が東京であることに気付き、花の都「大東京」に憧れるようになった。・「東京に行ってみたい」という密かな願望。・祖母の勧めもあり、東京にある私立の中学校の受験を決意。・一人っ子なので、両親も思い悩んだようだったが私の決意は固く、一年間塾通いで必死に勉強した結果、合格を勝ち取ることができた。●中学生時代・昭和51年、親元を離れて、単身東京へ。学校の寮に入った。・寮は規律が厳しく、軍隊のようであった。・5人一部屋の団体生活。先輩後輩の厳しい人間関係。掃除・洗濯等、自分のことは全部自分でしなければならない、決して甘えは許されない毎日で、人生最初の試練であった。・中でも一番つらかったのは、寮の食事がとてつもなく不味かったこと。・残飯は豚のえさになるということだったが、その豚でさえそっぽを向いたこともあった。・しかし、お金もなく食べるものが他に無かったので、我慢して食べた。・そのおかげで、好き嫌いがなくなった。・昭和52年、中学2年のときのことだった。・ある日、誰かが学校にエキスパンダーを持ってきていた。・みんな両手を使って、胸の前で広げるデモを行ってた。・クラスメイトに、「お前もやってみろ」といわれ、私にも順番が回っきた。しかし、エキスパンダーを広げようとする → できないという結果だった。・力が弱かった。・みんなの大きな笑い声。・「ひ弱、ひ弱、ひ弱」・嘲笑の笑い声だった。そのときの惨めな気持ちといったら、いまでも涙がでるくらい悔しかった。私は、小学生の頃から・腕力が弱い・胃腸が弱くて太れない・すぐに風邪をひいて高熱を出すという経験と思い込みがあった。そして、中学2年でのこのエキスパンダーの体験。私の中に体力的なリミッティングビリーフができてしまった。「自分は、体力がない」しかし、このリミッティングビリーフをはずすきっかけが1年後に訪れた。それは、少年漫画雑誌の広告を見たことがきっかけだった。あの有名なトレーニング器具「ブルワーカー」その広告は、あまりにも衝撃的だった。------------------------------------------------・女性は私のこと貧弱な坊やと馬鹿にした。・そこで、私はブルワーカーを始めることにした。・効果はすぐに現れた。・今では誰もが私を逞しい男性と認めてくれる。------------------------------------------------この広告を見て、私は、自分との対話の中で自分の未来にアプローチすることに成功した。「自分にもできるのでは?」 → 「なにくそ!」 → 「やってやる!」 → 「負けてたまるか!」それで、中学3年生の夏休みに、「ブルワーカー」を通販で購入した。わずか35日間のトレーニングであったが、当時の中学生としてはかなりの筋肉を獲得することに成功した。●高校生時代・中学、高校と男子校で、規律の厳しい寮生活だったため、まじめ人間の私は、女の子とは無縁だった。・剣道部に入部したが、1年で退部して受験勉強にいそしんだ。●大学生時代・1浪後大学に合格し、名古屋市でアパートでの一人暮らしが始まった。・逞しい男にあこがれ、アイスホッケー部に入りたくて選んだ大学であったが、入部後すぐに挫折した。・その後、体育理論の授業を受けていた時、中学時代のブルワーカーを思い出し、筋肉のしくみに興味をもった。・図書館で、窪田登先生の「ウェイトトレーニング」というボディビルの本に出会い、これが私の筋トレ人生の始まりとなった。・トレーニング開始時は身長181㎝、体重62㎏の痩せた体格だった。・すぐに、ボディビルジムに入会する勇気がなかったため、通販で購入したバーベルセットで自宅で1年間トレーニングした。・1年後、晴れてボディビルジムに入会。指導者のもと、本格的にボディビルを開始した。・20代は、ボディビルコンテストに出場し、日本一になることを目指して選手として活躍した。・この頃は、寝ても覚めてもボディビルだった。「そんなに筋肉付けてどうすんの?」「そんなにしんどい筋トレして何になるの?」「筋肉を付けたら就職に有利になるのか?」1987年、大学院生だった当時、私がクラスメイト達に言われた言葉だ。私の毎日がどっぷりとボディビルづけの日々だったのを彼らはしっかりと見ていた。当時の私の一日。-----------------------------------------------・起床後、朝食を3回に分けて食べる。・午前中、ジムでトレーニング ・正午、大学のカフェテリア食堂で、一品ずつ選ぶバイキング形式の食事を食べる。・午後、自宅に帰って昼寝。・午後3時頃、大学の研究室に少しだけ顔を出す・夕方、トレーニング前の食事を摂る。・夜、再びジムでトレーニング ・その後、自宅のアパートに戻り、ちゃんこ鍋とぞうすいをたらふく食う。 後は寝るだけ。------------------------------------------------トレーニング三昧、食事三昧、そして十分な睡眠。・当時、世界チャンピオンの経営する大阪のジムで思う存分トレーニングしたいがために、就職も、大阪で公務員になった。・私は、ボディビルのチャンピオンになることを目指していた。・私の憧れのアイドルは東大の石井直方教授。東大出の秀才でかつ、ボディビルの日本、アジアチャンピオン。本当に彼のようになりたかった。それで、トレーニング法も真似していた。私は「筋肉を盆栽のように大事に栽培している」状態だった。 自己満足?いや決して満足することのない、自分の描く理想に向かって、全てをかなぐり捨てて、筋肉を育てることに熱中していた。これ、やっている本人にとってはとても気持ちがいいものなのだ。なぜなら、自分の世界に入り込んでいるから。他人に邪魔されずに、自分が王様になれるから。でも、自分の世界に逃げているのではないか?現実から逃避しているのではないか?人生にはほかにも楽しいこと、やるべきことなどたくさんあるのに。それをやらずに、筋肉を盆栽のように育てることにのみ生きがいを感じて生きている。ずっとこのままでいいのか?私の将来の夢はチャンピオンになって、自分のジムを経営し、トレーニング三昧の日々を送ること。さぞや幸せ?でも、その夢がかなわなかったらどうするのか? ・ ・ ・いまならこのような疑問が湧くだろう。しかし、当時の私はそんなことは考えたこともなかった。何のためにボディビルをするのか?何のためにそれ以上筋肉をつけるのか?何のために他のことを全て犠牲にしてトレーニングに打ち込むのか?「お前はその体を、その筋肉をどうしようというのか。 いつまでも努力と自己満足をくりかえすことができるのか。」との他人の問いには、こう答えるよりほかはなかった。「そのことを考えたら……、人生そのものが、むなしさのかたまりとなってしまう。 何のために生きているのか? 誰も答えられないだから、そういうことは、考えないほうがいい」「でも、本当に考えなくていいのか?」私は考えない日々が長く続いた。そして、長い間悩んだ。 ・ ・ ・でも、やがてじっくり考える日が来た。そして前向きに行動する日が来た。東大の石井直方教授が行っている社会貢献運動・人に役立つ筋トレの研究。・マスコミに向かって筋トレの重要性を啓蒙。 ・メタボ対策、高齢化の介護予防対策等。今では、石井直方教授は世間の人望も厚い。アメリカに倣い、日本も真剣に筋トレに取り組まないと介護問題、寝たきり問題、メタボ問題で国が亡ぶ心配がある。それで、寝たきり、介護予防の一番の特効薬は脚腰の筋トレなのだ。私もそれに気が付いて行動を開始した。盆栽のように育てる筋トレから、身に付けた筋肉をいか人生に活用するかを考えて。それは、・「人に役立つ情報を提供する」・「人に行動を起こさせる」・「人に行動を継続させる」ということだと。・健康増進のため。・老化を遅らせるため。・自分に自信をつけるため。これが筋肉活用法だと悟った。筋トレに熱中しているあなたならお判りでしょう。筋トレをやる本当の目的はなにか? 人生を豊かにするためです。・30歳にボディビル競技は引退。・サラーリーマンをしながら選手時代の経験を生かして、筋力トレーニングの指導者となるため、資格取得にチャレンジし、たくさんの知識を身につけた。・この間、仕事でのストレスからうつ病を3度発症し、仕事を長期にわたって 休業した。・いったんはサラリーマンを辞め、フィットネス業で起業するも最初はうまくいかず失敗。・その後、再就職をするも、再び失業。原因は、「感謝の気持ち」を忘れていたことだった。・好きなフィットネスの道で独立できたのも・家族・職場の上司や同僚、後輩・友人・同志の方々みんなのおかげです。それを忘れて、・今まで自分の力だけで生きてこれたと思っていた。「報恩感謝」の気持ちを忘れていた。そのことに気が付いた今、はっきりと、確信を持って言えるそれがうつ病、失業で得た一番の財産。これからは自分に関わる全ての人に対して感謝していこう。恩返しをしていこう。・この間、死を覚悟したこともあったが、多くの人に支えられて病苦を乗り越え、再就職も果たし現在に至っている。・現在は、中高年の健康管理としての筋力トレーニングを研究し、仕事の合間を縫って、社会に普及させる活動を行っている。筋トレ・ダイエット・自己啓発・ボランティア活動等の模様を 「筋トレと自己啓発のススメ」と題して公開し、同世代の中高年に夢と希望を与えるために日々奮闘している。「自分が厳しい宿命と戦う姿を通して、同じ悩みを持った人を救っていく使命があるんだ」と確信している。「いかなる苦悩を持ち、いかなる境遇にあろうが、その人でなければ果たせぬ尊き使命がある。それを深く自覚した時、すべては変わる」と人生の師匠から教わった。自らの宿命を悲観し宿命に涙するばかりでは人生は開けない。誰かが自分の宿命を肩代わりしてくれるわけでもない。人生の責任はすべて自分にある。宿命は絶対転換できる。「法華経を信ずる人は冬のごとし、冬は必ず春となる」最後に、これまで経済面、精神面で支えてくれた私の両親、妻の両親、そして最愛の妻とかわいい娘たちに大感謝の言葉を言わせていただきます。「本当にありがとう!!」
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