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大分市にある小さな仏教のお寺「明西寺」みょうさいじ。初代坊守となった夏野優佑ときどき原由香プロダンサー&シンガー&振付師。最近はYuka vivienneや釈蓮祐も。芸能の世界からビョーンと飛び込んだ仏教の世界で感じる日々の出来事をお届けします。ココロ・カラダ Happy and Smile!Youtubeチャンネルはこちらです https://www.youtube.com/channel/UCKgQdYExeCi5iKZCFPnSi1wさて明西寺は、現住職の原淳亮(はら じゅんりょう)の亡父、原宣(はら あきら)が、昭和59年(1984年)、大分市下郡(しもごおり)の小高い丘の中腹に、多くの負債と高い志を掲げて開いた仏教のお寺です。正式名称;浄楽山明西寺(じょうらくざん みょうさいじ)単立の寺院です。平成8年(1996年)に志半ばで原宣が病に倒れ、東京でカメラマンをしていた現住職の原淳亮が急遽引き継ぐことに。この時、原淳亮、弱冠24歳。武蔵野美術大学で学びカメラマンとしてのキャリアをスタートさせたばかり!依然として門徒さんもほとんど無く、負債も問題も盛り沢山の明西寺!さてさてどうなる〜?でしたが、なんとかなんとか踏ん張って平成18年(2006年)プレハブの仮本堂から木造の道場を自身の貯金で建立!第一子誕生までお風呂もないプレハブで過ごしたことは今では良い思い出です。仏教の勉強を続けながら皆様のココロが少しでも明るくなっていくようなお説法を続けています。大分市内のホームでは『お話が楽しい人気のお坊さん!』として毎月の法話会に呼んでくださいます。そしてしっかり学んだ声明(お経)で『お経の素晴らしい住職さん!カラオケも上手でしょ?』とよく言われます。注:住職はお酒を全く飲みません。カラオケも子どもたちに誘われて年に1回?お茶・お花・書道が得意です。最近は空手と護身術を身につけて、もともと好きだった料理をさらに追求。お寺に来たら住職の手料理が食べられるかも!2023よりピアノも始めました。英語・フランス語・中国語ができます。そして、そんなお寺に嫁いだ私、原由香は、どうしたら世界中の人が幸せになれるのか?と真剣に考えた高校生時代。外交の仕事で『上』からやるか、大好きだったミュージカルの世界で『下』からやるか?と考えた末に千葉大学で法律と国際政治を学びながら声楽とダンスの稽古をする道を選びます。ラッキーなことに在学中からプロとして舞台の仕事を始めることができ、そのまま卒業後も華やかな(実際は大変な肉体労働な)舞台の世界へ。アメリカLA,NYでも学ぶ機会を経て、帰国後はプロダンサーを育成する教師として、また、舞台をはじめとする振付師としてキャリアを重ねます。そして、36歳の時に明西寺初代坊守(ぼうもり)に。坊を守る!プリキュアならぬ寺キュアをしながら大分と東京を行き来する生活に。縁があった人というのは離れていても近い人生を歩むことになるのですね。私が住職になる前の『原くん』と出会ってから坊守の『原さん』になるまでには10年の歳月が流れていました。ごくごくフツーの会社員の家庭に育ち、あんまりフツーではないけれどプロとして歌とダンスの舞台の世界を生きて来た全くお寺と縁のない私が、ええええ〜!?とか、ほぅ。とかはたまた、すっごい!と感じたアレコレをここに綴っていましたが、ココロとカラダのHappy&Smileを追求するうちにダーリンである住職が勉強している山のような書物に手を伸ばします。それは、日本に伝わってくる前の前の、そのまた前の、お釈迦さまが話していらっしゃった時の仏教の中身について書かれた本たちでした。おまじないでもなくバチがあたることもない、CoolでRockな科学的なお話。これってお守り買うよりずっとためになるのでは?そして2023、得度して僧侶釈蓮祐(れんゆう)となりました。得度したからって、即お坊さん!ではありません。欲も業もたっぷりな私がやっぱりええええ〜?とかほぅ。とかすっごい!とか言いながら仏教を旅していく徒然日記です。
テーマ: ココロにいつもHappinessを
テーマ: 1 day 1 challenge!
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