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はじめまして。徳岡 達也(とくおか たつや)と申します。大阪府堺市で小さな美容室を経営しています。兵庫県の加西市という小さな田舎町出身の37歳、娘2人と妻の4人で生活しています。趣味は自転車での山登りで、競技志向が強くレースにも参戦しています。毎日60分~120分のトレーニングが習慣です。タバコは吸いません。ギャンブルはしません。お酒は好きですが、驚くほど弱いです。プロテインは ほぼ毎日飲みます。私は幼少時代から、人と接することや話すことは好きなのですが、人見知りで内気な性格をあわせもっており、コミュニケーションをとるのがとても苦手でした。高校生になった頃から髪の毛に興味を持ちだしたものの、意思表示が上手くできず.........また、美容室の雰囲気にのまれてしまい、『美容室には行きたいけど行きたくない』という、不思議な気持ちになっていました。そんな時に出会ったのが実家の近くにある小さな床屋のお兄さんでした。その床屋には幼少期にも通っていたのですが、当時は50~60代の店主がお店を切り盛りされていました。お兄さんのお父さんです。数年ぶりに私がお店へ行ったときには世代交代されており、お兄さんが主となり、お店を切り盛りされていました。とても清潔感のあるお店でしたが、お世辞にも〝最新の機器があるオシャレなお店〟ではありませんでした。しかし私は、地元を離れ大阪で生活をしはじめてからも、片道3時間ほどの時間をかけてでもこの床屋さんへ髪を切ってもらいに行っていたのです。髪を切るためだけになんで?特にこの店ではないと作れないような特殊な髪型をオーダーしていたわけではありません。しかし他のお店で髪を切ろうなど考えもしませんでした。なぜならそのお店は、人見知りな私にとって、〝心地良く過ごせる特別な場所〟になっていたのです。やさしい口調の丁寧な接客や技術、楽しい会話、落ち着いた雰囲気の店内。背伸びせず等身大で接することができ、だからこそ髪型の相談も落ち着いて希望を伝えることができていました。大阪での生活など、近況の話を聞いてもらいに行っていただけなのかもしれません。その〝ついで〟に髪を切ってもらっているような.....。そんな床屋さんであり、理容師さんでした。もともと私は美容師になりたくて大阪へ出てきたのではなく、『都会の生活に憧れて』という単純で行き当たりばったりな考えで地元を離れました。水商売をしたり、アメリカ村でアルバイトをしたりと、とにかくフラフラとしていました。堕落した生活は続き、将来のイメージがまったくできないまますごしていたそんなある日、高校時代の先輩との再会で、私の人生に転機が訪れたのです。その先輩は高校卒業後に美容専門学校へと進学し、再会した頃にはすでに美容師として活躍していました。先輩『最近なにやってんの?』私『えっと~...アメ村で服屋さん....。販売の仕事。』とまあ、こんなどこにでもある日常の会話だったのですが、先輩『ずっと続けるの?今の感じで。』私『いや....。なにも考えてない.....。』言葉に詰まる私を見て、何か感じ取ってくれたのかもしれません。突然、先輩『美容師やってみたら!? 向いてると思うんやけどな~』私『いやいや....。もう二十歳超えてるし。』その晩、先輩との会話が頭から離れなくなった私は4校の美容学校へ資料を請求し、タイミングよく願書締め切り1週間前という事もあり即入学試験の手続きをしました。さて、めでたく美容学校生となったのですが、私の場合は夜間学校です。昼間は美容室で見習いとして働かせてもらい、夕方から夜まで学校へ行くというスタイルの生活です。当然ですが、入学金や学費、生活費のすべてを少ない給料から捻出しなくてはなりません。苦学生・生活苦という言葉を絵に描いたような生活が約3年続きましたがあっという間に美容師としての生活が始まりました。見習い期間を含め、大阪市2店舗・神戸市1店舗の3店舗でお世話になってきました。個人のお店でも働きましたし、大型店でも働きました。私には派手なパフォーマンスや自慢できるような経歴はありません。ましてや、振り返りたくなるようなイケメンでもありません。どこにでもいる〝街の美容室〟で働く〝ただの美容師〟です。ただ、一つだけ自慢できることは、大勢の美容師がはたらく大型の美容室に勤めていた時も〝指名してもらえる事だけは誰よりも多かった〟という事だけです。〝いつかは独立して自分のお店を持ちたい〟そんな思いを胸に毎日を過ごしていました。また、美容室で働き始めてから私は〝ある言葉〟をよく耳にするようになりました。それは、『美容室って緊張するし、なんか気つかうわ.....』という言葉です。『私だけではなかったんだな』と、思いました。それと同時に、『もし将来、お店を持つことができるなら、 落ち着いて すごしてもらえるお店であり、 そう感じてもらえる美容師になりたい。』と考えるようになりました。地元の床屋のお兄さんのように。数年後、店舗探しのため訪れた不動産屋さんで後にヘアーリメイク モンドとなる現在の店舗を紹介してもらいました。それはもうとても古びた建物で、築40年ほどのテナント物件でした。おそらく大半の方はパスするであろう物件だと思います。しかし、私は直感的に『ココやな』と思ってしまったのです。根拠はありません。堺市で働いたこともありませんし、土地勘も知り合いも〝ゼロ〟です。また、すでに独身ではありませんでしたので、独断で勝手な行動はできません。『おそらく反対されるだろうな』と思いましたが、妻に独立しようと考えている事を伝えました。すると、意外な答えが返ってきたのです。『やったら良いんじゃない』この一言がきっかけとなり、私は独立を決意しました。2011年12月4日、ついに私はヘアーリメイク モンドとして独立の一歩をスタートすることができました。何も知らない未知の土地。すべてが〝ゼロ〟からのスタートです。お店の宣伝も近所にチラシを配った程度。当然ですがお客さんが来てくれるわけがありません。1日に1人もお客さんが来てくれないという日もありました。ただ、こんな状況にも関わらず、特にあせりは感じていなかったのです。お店のコンセプトは〝心地良くすごしていただける美容室〟このことだけを中心に考え、自己満足かもしれませんが目の前の数少ないお店に足を運んでくれる方だけに、全力を注いでいました。(今もですよ 笑)今でこそ、少しずつお客様の人数は増え、いつの間にか男女比率5:5の美容室にしては男性が多めのお店へと変化していきました 笑また、大学が近くにあるという事もあり、就職で大阪をはなれた方が、県外(府外)から足を運んでくれたりもしています。ヘアーリメイク モンドは、夫婦2人で営業している2席だけの小さな美容室です。見習いはいませんので、最初から最後まで1人の美容師がすべてを担当させていただきます。色々な人に頭を触られることはありません。完全予約制でゆったり過ごしていただき、できるだけ待ち時間が出ないように予約を制限しています。詰め込むような予約の取り方はしていませんので、たくさんのお客様と顔を合わせることもありません。〝美容室難民〟という言葉ができるくらい、特定の美容室に出会えていない方が多いこの時代。私と同じように悩まれているあなたの〝心地良く過ごせる特別な場所〟になることができれば嬉しいです。小規模・少人数制の小さな美容室という特徴を生かし、これを読んで下さったあなたの、快適な毎日を真剣に願い、生活の一部に加わることができれば幸いです。あなたにお会いできる日を楽しみにしています。 代表 徳岡 達也599-8107大阪府堺市東区白鷺町1-12-21~ ヘアーリメイク モンド ~ hair Re:make monde072-287-9955【最後に】ご相談・カウンセリングだけでもお気軽にお問い合わせ・ご来店ください。もちろん無料ですし、ご希望であればその場で予約を取っていただければと思います。※当店は夫婦2人で営業しています。 1日にお受けできる人数に 限りがございますので ご希望の日時がございましたら 早めにお問い合わせいただければと思います。 よろしくお願い致しますv(^-^)v072-287-9955
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