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水井伸輔(みずいしんすけ)1975年、岡山県生まれ。心理療法家、小説家。早稲田大学第二文学部(思想・宗教系専修)卒業。幼少期より言葉という表現媒体に特異なまでの執着を持ち、小学生の頃から毎日数千字におよぶ思索やエッセイを書き綴る。その年齢からひどく乖離した高度な論理展開と文体は、時に周囲の大人たちの理解枠を超えてしまい、自らの言葉が世間の「正当な評価」から零れ落ちるという不条理な原体験を持つ。しかし、この『己の精神と世間の認識との埋めがたいズレ』こそが、人間の真実をいかにして正確な言葉で捉えるかという、生涯にわたる探求の原動力となった。高校・大学時代には、東洋哲学、心理学、身体操作としての武道を探求し、公立小学校の特別支援学級で介助教員を務めるなかで、人間の根源的な美しさと現実の不条理に深く触れることとなる。その後、「歌」という身体表現の極致を探求する過程で、声楽家の門屋留樹氏、川井弘子氏らに師事。さらに、プロの表現者を育成する専門機関において指導に携わる。この実践のなかで、「うまく表現しようとする自意識(エゴ)」がいかに人間の真のポテンシャルを阻害するかを痛感し、意識のベクトルを『自己』から『外部の対象(テキストやイメージ)』へと完全に没入させる表現手法の萌芽を得る。のちに大学へ再入学し、日本の心理臨床における第一人者である越川房子教授(マインドフルネス認知療法)のもとで学士論文を執筆。長年独自の探求によって磨き上げてきた文体と高度な論理構築は極めて高い評価を受け、最高評価(A+)を獲得する。さらに、その学士論文『内観療法における我執の超克』を、内観療法のトップ研究者である川崎医療福祉大学の笹野友寿教授へ送付したところ、一読した同氏より「この論文は内観療法の歴史を変えるかもしれない」との言葉を賜る。その後、同研究室を訪ねた際には、「まずは内観療法の著書を執筆すべきだ」との助言を受けた。日本内観学会の場においても研究者陣へ同論文を頒布し、手渡された冊子を一瞥した真栄城輝明教授が「これは博士論文のレベルではないか」と漏らす一幕もあった。最終的に既存のアカデミズムの枠組みへ進むことはなかったが、幼少期より孤独に研ぎ澄ませてきた己の「言葉」が、確かな学術的評価として結実したこの経験は、その後の臨床と思索における揺るぎない基盤となっている。また、演劇評論家・演出家の故・土井美和子氏とともに演劇プロジェクトを運営し、柄本明氏の朗読劇のプロデュースに携わるなど、心理、身体、言葉、舞台芸術の領域を横断して活動を重ねる。現在は、故・笠原敏雄氏より「幸福否定理論」の臨床と研究を継承。同氏が見出した「“芸術派”向け心理療法」を引き継ぐとともに、長年培ってきた表現探求の歴史を融合させ、独自の心理臨床および表現指導を展開している。その核となるのは、無意識の「抵抗」を克服した上で、意識の焦点を自分自身(エゴ)から完全に外し、外部の事象(目の前のテキスト、動作、事実そのもの)へと極限まで集中させる独自のアプローチである。己を「透明な器」とし、対象に明け渡すことで、作為を超えた真の表現を引き出している。文芸活動において志向するのは、作為(エゴ)を極限まで削ぎ落とし、外部の事象への圧倒的な没入から人間の深層を浮かび上がらせる「透明な写実」である。散文の理想としては、川端康成や梶井基次郎、現代の小川洋子へと連なる客観描写の美学を据えている。思想面においては、長年傾倒してきたJ・クリシュナムルティの「自我の観察と解体」を基盤としつつ、近年は翻訳も手掛けるU.G.クリシュナムルティの非妥協的でラジカルな哲学、そしてエミール・シオランの絶望の思想に深く共鳴している。これらの徹底した自己解体の哲学を底流に持ちながら、カズオ・イシグロが描いたような「残酷な運命(システム)のなかで無意識にそれを受け入れ、静かに沈んでいく人間の姿」を対象化し、自我を手放した絶対的な暗がりの奥にかすかに息づく圧倒的なリアリティを、小説を通して描いている。※独自技法について認知科学的視点から小説のテキスト構造を精緻に組み立てる独自のテキスト構築技法『C.C.W.』による執筆。自意識を排し表現者を透明な器とする独自演技メソッド『旋律台詞法(M.D.M.)』の創始者として、芸術派の心理療法(個人指導)を行っている。【水井伸輔 公式サイト】https://mizuishinsuke.com/
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