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私は毒親育ち、バキバキの虐待被害者。肉体的暴力、精神的支配が当たり前の幼少期。父はアルコール依存症で働かず、母と離婚。小学校二年生から、家族の夕飯作り。自分の体重とほぼ変わらない妹のトイレ介助、そして入浴介助。そんな中でも、学業だけはおろそかにしないよう小学生の頃は勉学に励みました。しかし母に彼氏ができると。母は妹を寄宿舎に入舎させ、私を置いて数日帰宅しなくなったのです。母の居場所もわからず…。毎日暗い団地の一室で、怯えながら母の帰宅を待ちました。待っても待っても連絡はなく、家に帰ってくる様子もありません。たまに「22時までには帰る」と電話があっても、その時間を守ったことはありませんでした。私には仕事と言い張り、全く帰宅しなくなる母。ご飯代もなくお小遣いももらっていなかったので、毎日お腹を空かせて母の帰宅を待っていました。母が帰宅しないうちに、自宅にはゴキブリとウジ虫が湧き出します。このような日常が続くと、カビの生えたパンやご飯を食べることに抵抗がなくなり。一心不乱に家のものを食べ漁る毎日。たまに帰宅する母の手土産は、大体お寿司。お寿司なんかより、母の手料理を一緒に食べたいと思っていました。小学校高学年ごろには、母の存在が気持ち悪くなり。母と一緒にいるだけで虫唾が走るようになってしまいました。家族のあたたかみなんて知らないまま、私はずっと孤独を抱えて生きるのです。学校ではいじめられ、どこにも居場所なんてありません。この頃には、自傷行為や自殺未遂を試みたこともあります。完全に恋愛依存になった私は、中学生の頃から家に帰らず彼氏と過ごすように。不登校でも高校受験だけは受け、華の高校生活を夢見るも。小さな頃からの生きづらさが邪魔をし、結局不登校になり高校中退。そして私が19歳の頃。母がうつ病になり、母は自分の意思で死を選択しました。重度障害を持つ妹と私を遺し、母は自殺をしたのです。この時ばかりは、自分の人生を呪いました。食事も取れず、眠れない日々。私が母を殺したのかもしれないという自責の念にまでかられ、母が夢に出ることを恐れました。自分の苦しみを解放したいと強く願い、母の自殺をきっかけに心理学を学び始めます。右往左往しながらも心理学に助けられ。ちょっと心の状態が良くなったと思ったら、恋愛で失敗したり。出産後にパニック障害と産後うつになり、寝たきり状態で子どもを育て。ちょっと精神疾患が良くなったと思ったら、今度は子宮頸がんと甲状腺がんに見舞われてしまいました。幸い、どちらのがんも転移なく再発もなく、手術のみで一命を取り留め。現在は、カウンセラーとライフコーチとして、過去の私と同じように苦しむ人の手助けを始めるようになりました。どんなにつらい過去があっても、私は幸せに生きる方法を手に入れることができたのです。そして、他人に何を言われても気にならなくなりました。これは、他人軸で生きてきた自分を、しっかりと自分軸に戻すことができたからです。虐待のトラウマを克服し幸せに生きることができ、心に余裕ができました。もちろん、過去に起きたことで悩む時間もなくなり。私に悪影響を与えてきた親を、憎むことすらなく。どんな経験も、自分を成長させるために必要なことだったと思えるようになり。感謝の気持ちが芽生えるようになったのです。劣等感が強く自己肯定感が低く、他人を蔑むことで自分の存在価値を高めるしかできなかった私が。今は、他人の幸せを心から祝福できるようになり。また、他人の失敗には心から共感し寄り添うことができるようになったのです。私がここまで変わったのは、心理学の力だけではありません。私に関わってくれた方々や、自分の経験が全てです。自分に起きた物事も、見る視点を変えるだけで大きな財産として宝になります。この経験をあなたにもたっぷりお伝えします!あなたの生きづらさを克服するヒントを、たっぷり吸収してくださいね。毒親育ちで生きづらさを抱えているあなたの、生きるヒントになれば幸いです。また、公式LINEにご登録者様限定で、毒親・虐待被害者でも幸せに生きる魔法の教科書を無料プレゼント。「心の本音を深掘りする」講座と「自分の本音深掘りワークシート」が手に入ります!今までどんな本を読んで知識を得ても、どんな動画を見て知識を得ても何も変わらなかったあなた。ぜひ、無料プレゼントをお受け取りください。あなたの人生、ここからがスタートです。一緒に人生を大きく変えていきましょう。
テーマ: ブログ
自己啓発・カウンセリング
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