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原田真理子千葉県木更津市出身幼少期の頃の夢はアイドル歌手当時テレビに出てきた歌番組では、よく振り付けしながら歌っていました。音を聞くのが得意で、メロディー聞いてすぐピアノで弾くのが得意でした。20歳になって、ずっと夢だった「歌手になる」という思いで、ボイストレーニングを必死に受け、約15年間人前で歌を歌ってきました。Mariというアーティスト名で1000人規模のライブ出演や、CD発売、大小さまざまな所で1人で歌ったり、バンド形式で歌ったりしました。ボイトレに通っていた頃、たくさんの先生に出逢い、腹式呼吸、発声法、表現法、レコーディング法、作詞作曲講座などを学び、人前でライブが出来るレベルになりました。私は、基本的に器用ではなく、人の3倍努力してやっと標準レベルになるタイプでしたので、本気で歌で1番になりたいと思った時は、毎日仕事が終わってからスタジオでコツコツ練習し、レッスンでフリーで受けられる基礎レッスンは、1000人近くいる生徒の中で1番出席していました。当時の私は、1人前のボーカリストとしての「声創り」を徹底的にしました。ライブをする様になってまず壁にぶち当たったのが「極度の緊張」でした。小学生の頃、学校で発表する時は、いつも顔が真っ赤になりながら発表していました。人前で堂々と話している人が当時の私には、とてもうらやましく思いました。幼少期の頃から親と離れて暮らし、祖父と2人暮らしでした。表向きは明るくしっかりした子だと言われていましたが、心の中ではしっかりしなくちゃいけないというプレッシャーに押しつぶされ、どこか淋しく自信のない子でした。「自分の居場所が欲しい」「誰かに認められたい」という子供の頃の私が求めていたこの想いが歌だったのだと思います。そして、人前で歌える様になった時に1番出てはいけない「自信がない」部分が出る様になりました。「自信のなさ」というのは、いざという時緊張に繋がるという事が身をもって体験しました。ステージにお客様がたくさん私を見ていると思うと、「失敗したらどうしよう」とか「上手く歌えなかったらどうしよう」と思い、身体が硬直し、声が震えます。「何でもっと伸び伸び歌えないんだろう?」最初の頃は、とても悔しい思いをたくさんしてきました。頭ではわかっていても、なかなか結果の出ないジレンマが当時の私にはありました。何度も失敗して経験を積み、いつの間にかステージに立つのが怖いのから、ステージで拍手を浴びる快感へと変化し、堂々とやがて歌える様に成長しました。ライブ活動をしているさ中、当時とても不規則な生活をしていました。(夜型生活・コンビニでの食事・タバコ)など、とても身体には良くない生活をしていたので、当時の身体はいつも疲れが取れずどこか不調でした。おまけに、ボーカリストの肝である喉を痛めてしょっちゅう風邪をひいたり、腰を痛めたり、健康的な生活とはかけ離れていました。そんな時、アロマとの出逢い勉強してみたくなり、癒しの世界に一気に興味を持ちました。その後、アロマセラピストへ転身し、アロマ・整体・気功を取り入れたリラクゼーションサロンを開業しました。そしてたくさんの方に喜んで頂きました。ある時私は、この先何がしたいんだろう?とふと考えた事がありました。サロンを持ってたくさんの人のおもてなしをしたいとセラピストになった当初は思っていたのですが、その気持ちに変化がありました。歌で人に伝えるボーカリスト施術で人に癒しを与えるセラピスト私は「人に何かを伝えたい」と改めて思いました!!新しく出逢った「共鳴ボイス・メゾット」という「相手の心に伝わる声創り」をテーマにしたメゾット。アロマ・整体・気功のセラピストの資格を持っている私がなぜ”声創り“のボイストレーナーになろうと思ったか?それは、自分に自信のない私が、自分に自信を持ち好きになれた根本は「歌」だったからです。その事を1人でも多くの自分の声に自信ない方に伝えたいと強く思ったからです!!長年鍛え上げた声の元の声帯の創り方や、どうしたら自身のつく声が創れるのかをお伝えして、自分の声に自信のない方が1人でも多く「堂々と人前で話せて相手に伝わることが出来る」人をサポートするのが私の使命です。
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