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2006年1月の小雪が舞う昼下がりに結婚から二年の月日が経った私達夫婦に待望の宝を授かりました。そして、奥様がつけた名前は「産まれて来てくれる事を望んだ子」をして「来望」(くるみ)と名付けました。小さい時から笑顔を絶やさず活発で元気な子で小さな子の面倒を見るのが好きで母ににて頑固で考えを曲げない強い子で写真をみれば必ずピースをしてくれる子で小学校では和太鼓倶楽部に通い、中学に入っては吹奏楽部に所属し友達と一緒に何かをするのが大好きな子でなにより他人の気持ちになって考えられる本当に優しい子でした。そんな子が13歳の中学一年の11月の上旬から足の痛みを訴えてきました。年齢的にみても成長痛だろうと様子をみていましたが日々、痛みが強くなっていくので病院に連れていきましたが足の痛みがふくらはぎという事もあり先生も軽い肉離れだろうという診断。様子を見ていましたがそれでも痛みが引かず。他の病院にも連れて行っても同じ診断。そして12月に入ってからは痛みで夜も眠れないそんな日々が続き、さすがにこれ以上は我慢できない!ということ24日のクリスマスに、もう一度病院にいってこちらから精密検査をお願いしたら・・・骨盤の左側に12cmほどの骨肉種という骨にできる腫瘍の塊があり、そして肺にも転移していました。一般的にいうステージ4です。(この時点では知る良しもなかったですが。)それから、京都大学付属病院に緊急入院した私達家族の記録を父親目線から記事にします。この記事を見た方に伝えたい。13年しか生きられなかった娘が316日という日々をどう過ごしたのか?そして小児癌と戦うという事がどういう事なのか?なにより、来望という女性を少しでも多くの人に知ってもらいたい。彼女がこの世に存在した事を知って欲しいという想いです。今、あなたの側にいてくれてる家族や友人が急に居なくなる、そんな想いをする方が一人でも少なくなる事を心から祈ります。愛してるよ。来望。
テーマ: 父親の気持ち
入院・闘病生活
承認してくれた人
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