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(松山怜佳・プロフィール)私は「啓山塾」という易学の教室を主宰しています。易学講師、鑑定士として30年の経験を生かし、専門家や初心者まで易学を学びたい方の勉強会を開き、また企業や個人の方の様々なご相談にお答えしています。験(ゲン)が良い、験が悪いという言葉があり、吉兆を願って行う習慣が「験をかつぐ」ですが、私は特定の数字や現象にこだわる験をかつぐ子供でした。また読書が好きで沢山の本を読み続けていますが、物語も事実も悲劇の原因の多くが嫉妬や恨み憎しみそして誤解という人の感情に起因することが多く、まさに「事実は小説より奇なり」という実感がありました。そして国さえ滅ぼす負の感情、平和を願う正の感情、間で揺れ動く感情をコントロールし、正しい道を求めて古代の人々がより所としたのが「占」でした。私が占いに興味をもち西洋占星術や推命学などを独学し、最終的に易へと向かったのは、歴史や多くの物語や小説を読んだことが原点と思います。そして平成元年0学易の創始者である御射山宇彦先生の門下生となって師範免許を取得し、以後20年間0学師範として活動しました。この間に師匠が亡くなられましたが、生前に本部の力にというお言葉があり、私は本部の講師を務めることになりました。本部講師を務めた9年間は、多くのプロ鑑定士の育成や技能の向上に取り組み、師匠の思いに応えようとひたむきに励んだ時期です。しかし学びを深めるほどに、今に伝わる易の展開図や太極図の八卦の並びが、0学とも現存する周易とも異なることに説明がつかず疑問が生まれていました。本部講師10年目に入る頃、法人化に伴う会の組織変更のため本部講師を退任することになりました。自由な立場で易の研究をするには丁度良い時期でもあり、0学への惜別の思いを断ち、会を離れる事にいたしました。それ以後の数年間は易を探究し古代史を探り、多くの書物を読み推考を重ねる日々を送りました。そして伝説の最古の易が実在し、それは陰陽の組み合わせ数学であること、易の展開図や太極図はこの最古の易を示す図であるという確信を持ち、さらに60の数で表す干支と最古の易の関係性を解く根拠に気付き、多くの疑問の答えを見出しました。こうした易や歴史の探究から新たな実践易学「啓山易」が生まれました。人の誕生日などの「ある日」を示す年月日の三つの干支数は、1980年周期の723180日目に同じ数の並びが来る特別な一日です。啓山塾は、ある日に宿る個性や現象を易で読み解き、納得する幸福な人生への目安として、易の知識と知恵を実践活用し、真理や才能が眠る宝の「山」を「啓く」学びの場です。
テーマ: ブログ
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