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選挙の「勝たせ屋」鈴鹿久美子と申します。株式会社インスタイル(http://www.instyle-co.jp)オフィスを赤坂に構え、議員秘書の人財紹介をはじめ、立候補者の支援や政治家のコンサルティングでブランディング戦略をご提案させていただいております。私が「勝たせ屋」を名乗るまでのプロセスです。読んでいただけると嬉しいです。***************衆議院で議員秘書をしていました。政策秘書で「洗濯から政策まで」、何でもやりました。議員秘書になったきっかけは受かるつもりの司法試験に見事に落ち、貯金も気力も底をつきたとき出会った仕事が選挙の手伝いだったからでした。その後、議員秘書にならないかと著名な議員の政策秘書から声をかけて頂きお給料がもらえるならと有頂天気分で飛びついた仕事でした。OL経験もなく、政治オンチで、何のスキルも取り柄もなかった私が、「努力」だけで仕事になるはずがありません。議員秘書になって半年した頃、頭の右半分に円形脱毛が22個できていました。当然です。永田町では、朝7時半から午前中いっぱい、もの凄い剣幕の会議が始まりますがその「もの凄い剣幕」の言葉が聞き取れないのです。「やりこんのまえに、こうろうのじむかたかられくいれないと、とうべんできないだろう!(怒)」「やりこん(野党の委員会理事懇談会)の前に、こうろう(厚生労働省)のじむかた(事務方=担当のキャリアのお役人)から、れく(レクチャーと言って、担当の各議員室に説明に来ていただくこと)いれないと(レクチャーのアポイントと、議員のスケジュール調整を含めた調整をする)、とうべん(委員会で野党からの質問に政府が答える言葉)できない(今のままやってしまったら、予定通りに委員会が進まず、国会の本会議にあげられない)だろう」ということです。今では「あー、はいはい」的にやり過ごせますが、当時の私には、「なに語???」その名残で今も頭のハゲ痕が、刀傷のように鈍色を放ち残っています。大変な仕事についてしまったと気が付いたのはハゲが毛量を激減させたその頃でした。3人の子どもを育てるのに毎朝一升飯を炊き、学費も定期代も、ちょいちょいある「合宿費用」、も。私ひとりで何とかしなければならない。「政策秘書のプロフェッショナルになって生活を安定させなければ」私はこの仕事にしがみつきました。毎朝新聞4紙読んで、政党の部門会議にハシゴで出席、文春、新潮は当たり前日刊ゲンダイは帰りの電車の友。1日おきの委員会質問作り帰宅は終電、3時間寝て5時に起きて弁当を3つとその日の夕食を作る。それでも出来の悪い私は毎日叱られ、怒鳴られ、失敗の連続で十二指腸潰瘍も2度。議員会館のトイレで血を吐いたとき、議員にバレたらクビになるかもと、血で汚れた口を慌て手で拭って平気な顔で事務所に戻りました。デキの悪さをカバーするには必死さしかありませんでした。そして15年程経ち秘書の苦労も議員の悩みも少しわかるようになった時会社を設立しました。「勝つ人には勝つ理由がある」「勝つ人はカッコいい」という事実の集積を真剣に上を目指す人に提供したい。議員秘書の人財紹介、立候補者の支援、政治家のコンサルティングの会社です。このノウハウは政治家だけでなく起業家にもエグゼクティブと呼ばれる職業の人にも喜んで頂けました。「政治家」がカッコ良くなれば志望する人が増える。「政治家」に高いレベルでの競争が生まれたら磨き磨かれ「政治家」がカッコ良くなる。同時に「人の不幸が飯のタネ」職業の弁護士も医者もカッコ良くなる。こうなれば日本を担う人たちは皆カッコいい!子ども達は「カッコいい人」にあこがれ道を見つけてゆく。「政治家」を「子どものあこがれの職業」NO.1にしたい。人々が憧れる政治家がひとりでも増えてほしい。そのためにできることを今日もひとつひとつ続けてゆこうそうしたら、この国はもっと良くなる。私の確信です。日々の仕事から選挙の現場からプライベートの隙間から気になったことや少しお役に立ちそうなことを書き連ねてゆきます。お時間のある時にできれば毎日のように目を通して頂けたら嬉しいです。ここまで読んでくださってありがとうございます。どうぞ、宜しくお願い致します(^^♪
テーマ: つぶやき
仕事術
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