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英語コーチ はなこです。神戸出身大阪府東大阪市在住今年の3月に中学校の教員を卒業し現在英語コーチとして活動しています。資格は中学・高校の英語教員免許TOEIC895点・英検準一級を保有しています。そんな、今英語を使って仕事をしている私ですが、元々英語は好きだけど全然できない…。そんな私がどうやって英語の仕事を行うようになったのか、そんなエピソードをここではご紹介しています。【英語が苦手だった過去】小学生の頃から、「英語が話せたらかっこいい」と思っていた私。2つ上の姉の影響で小学生の頃から家で「I my me🎵」などと言っていました。しかし、中学校での成績は3年間英語は(も)オール「3」行きたい公立高校には受かりそうもなく落ちるのが嫌で、私立専願に。高校では一応「英語できるキャラ」でしたが、友達の宿題を手伝ってもことごとく間違っているという散々な出来。行きたかった外国語大学にも不合格。大学4年生で受けたTOEICIPテストでは400点台。一緒に受検した友達は、500点オーバー。先生が友達に「あなた、頑張り次第でもっとスコア伸びるわよ」と。隣にいる400点台の私は、、、がんばっても無駄、ということでしょうか…と、笑顔の下で、すねる私。「英語を活かして世界を駆け回る」なんて、選ばれた人の話。。。「英語が使える会社に就職しよう!」なんて気持ちもサラサラなく(英語ができないのは、誰よりも私が知っていたので)特にやりたいことがあるわけでもなく英語とは無縁の会社に就職。人生の目標も特になく、社会人ってこんな感じ・・・私の存在価値ある??と、人生に迷い単語帳を買ってみたものの何のために勉強するのか分からず続かない。当時流行っていたパソコンの資格の本を手に取るも続かず。目標もなく転職活動をしてみたものの惨敗。人生に絶望。アルコールがないと眠れない。朝、起きれない。と、自堕落な生活を送っていました。けれど、心のどこかに英語がしゃべれるようになりたい!英語を使ってなにかできるようになりたい!という思いはありました。けど、なにをやればいいのか分からなかった…【女性も天職を持つ時代】そんなお先真っ暗な私の人生に転機が訪れました。お取引先様とご飯に行っている時、「これからは女性も天職を持つ時代。 せっかく教員免許を持っているなら、先生になりなさい」と。その時、急に目の前が、パーっと開けて「よし!そうしよう!」と決意し翌日公務員試験の塾に申し込みに行きました。全く考えてもいなかった「教師」という選択肢。けれど、なぜかこの時は「絶対できる」と信じることができました。人生で初めて心が震えるような目標ができました。今まで勉強に対して苦手意識があり、自分は「できない子」と思い込んでいましたが、はっきりとした目標ができたことで、努力ができるようになりました。勉強法の本を読み「勉強法」なるものがこの世にあるのか!!!とそこで初めて知りまずは、英検! TOEICだ!と思い、TOEICの問題を解きまくり、TOEICは500点以下から795点までアップ!高校時代、英検二級を受けたらきっと不合格になるから、と受検することすらしなかった私が独学で英検準一級に合格しました。意気揚々と受験した教員採用試験では、二次試験の英語の面接で全く話せなくて不合格。一念発起し、英会話スクールに行き、地域のセンターでやっている英会話教室にも行き採用試験に合格したい一心でとにかく話しまくりました。3度目の挑戦で合格!神戸から大阪に引っ越し、新たな場所で自分の努力で獲得した仕事を始める!充実感でいっぱいでした。【学ぶことと教えることの違い】緊張と期待に胸をふくらませて私の教員生活が始まりましたが、自分が勉強することと人に基礎から教えることに四苦八苦。そんな時、幸運なことに英語教師界のカリスマの先生と出会うことができ、見よう見まねで自作のプリントを用意するようになりました。プリントを作る、人に教えるこの過程が、自分の英語力を強化してくれたという実感があります。そんな矢先国指定の難病になり2度の長期休職を取ることに。辛い思いもありましたが、お金や離職の心配をすることなく療養に専念できたのは公務員と言う立場があったから。TOEIC400点台のしがないOLが英語がんばってよかったなと思える瞬間でした。【働き方について考える】病休から復活しやりたい仕事ができている!という充実感でいっぱいになったころ、脚に激痛が。病気の治療のために大量に摂取していたステロイドの副作用で大腿骨が壊死していました。歩くごとに激痛。4年間、杖をついて仕事をしていました。それでも、仕事への情熱は衰えず精力的に働いていました。しかし、魂が削られるような痛みに耐えられず人工関節にする手術を受けることに。激痛と共に4年間生活していた私にとって手術後の「痛みのない自分」は、羽が生えて今にも飛び立てるような気分でした。これまでは行きたい所にも行けずやりたいことにも挑戦できなかった。これからはやりたかったこと、全部やろう!と意気揚々と職場復帰。けれど、現実はそんなに甘くなく。仕事の量は相変わらず。私はこんなに自由なのに、これからも職場と家の往復の人生???死後茶授業への情熱が消えたわけではないけれど、働き方や仕事の配分に対する考え方が変わりました。このままここにはいたくない!!!と強く思っていた矢先、日本人学校の募集が。ここにいたくない、という一心で応募。途中、お腹に腫瘍が見つかり手術。派遣を一年延期、というハプニングもありました。が、無事にペルーにある日本人学校へ派遣。一時はあきらめて絶望の淵にいましたが未来が変われば過去の絶望も行くべきところに行くための通過点の一つだった、ということです。ペルーでは生徒は4時には全員帰宅し、勤務時間内に授業準備ができ、土日の部活指導もない。プライベートを充実させることもできる。教員になって初めて「人間らしい」生活を送ることができました。40歳を過ぎて仕事が嫌いなわけじゃないけれど、プライベートを切り売りして働くのは違うんじゃないか。と思い出しました。【自分に合う働き方を求めて】帰国して復帰した日本の中学校相変わらず、朝から晩まで仕事があって土日は部活指導があっていろいろな生徒いろいろな保護者がいて…定年まで残り15年近く。このままここで働くの????いや、無理でしょ。と毎日のように脳内会議が開かれていました。英語は好き英語を教えることも好きその好きを活かして学校ではない他の働き方はないだろうか?と考えているときに出会ったのが英語コーチという仕事。20代で人生に迷い今また40歳を過ぎてまた人生を模索。けど、25歳から教育の世界に入り早20年以上。この20年で世界は大きく変わりました。自分の考え方や価値観が変わるのも普通のことだと思いませんか??私のように、年を重ねて「この仕事を定年まで続けるんだろうか?」「もっとできることはないだろうか?」「自分に合う仕事の仕方を模索している」とお悩みの方も多いのではないかと思います。また、私のように体調を崩されこのままの働き方を続けるのは難しいと悩まれている方もいらっしゃるのではないでしょうか。ご家族の介護の問題が切迫してきている方も。(実は私もそうです)そんな悩みを持っている方も「英語」のスキルがあれば働き方に柔軟性が出てきます。こうやって私のように自分の望む働き方を手にすることもできる。海外に行くってことさえ叶うのです。「英語のスキル」はそのくらい可能性に溢れています。「英語を使って仕事をしたい」「英語でキャリアアップしたい」「英語でキャリアシフトをしたい」「今の生活に合った働き方がしたい」という夢が心の奥底で眠っている方の人生を変えるお手伝いができたらと思って活動しています。もうこの歳では…私の英語力では…自信がない、と思われている方も多いと思います。私の人生を変えてくれた教師なるという目標考えてみれば勉強ができなかった学生時代の私にはそんな心が燃えるような目標はありませんでした。教師になる、という過程でTOEICのスコアも少しずつ上げていくことができました。「英語ができる人になりたい」という、昔からの夢はまだまだ道半ばですが、現実になってきました。転職に必要なTOEICのスコアは700点という話もあります。少しでも英語で仕事がしたい英語ができるようになりたいと思われている方なら到達可能なスコアです。今からでもあなたの内なる願望に火をつけて人生を変えてみませんか?同じ英語学習者としてもっと英語ができるようになりたいと思っている同志としてTOEICのハイスコアを取っているあなた仕事で英語を使っているあなたなりたい自分になっているあなたそんな未来輝くあなたを応援したい!英語には人生を変える力があります。まずはTOEIC200点アップを目指してその先にあるキャリアアップを目指して一緒にがんばりましょう!
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