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大阪生まれ、大阪在住。70歳。50代からの夫婦関係改善カウンセラー、トリニティ数秘術認定カウンセラーとして活動しています。今では、定年退職した夫と、それぞれの時間や好きなことを大切にしながら、よく話し、助け合って暮らしています。けれど、ここまで来るまでには、長い時間がかかりました。私は幼いころから、周りの人の気持ちを気にかける子どもでした。父がお酒にのまれて荒れる姿を怖いと感じながらも、言いたいことを飲み込む。母の苦労を思えば、欲しいものがあっても「欲しい」と言わない。いつの間にか私は、自分の気持ちより、周りの人を優先することを覚えていました。26歳で結婚。夫の家族との同居生活が始まりました。一人娘を出産した1か月後には、関節リウマチを発症。それでも、家事、子育て、仕事、家族のことを、「私がやらなければ」と抱え、頑張り続けました。夫の家族との同居生活は、32年間に及びました。58歳で娘が独立し、義母が施設へ入居したことで、初めて夫婦二人の暮らしが始まりました。ようやく二人になれた。けれど、日常に戻ると、夫婦の間にはほとんど会話がありませんでした。長い間、家庭を支えてきたことへの「ありがとう」という言葉もない。私は虚しさを感じていました。そんな中、61歳のとき、夫に食道がんが見つかりました。当初は手術もできない状態でした。抗がん剤治療を経て、ようやく手術を受けられることになり、迎えた11時間に及ぶ大手術の日。手術室へ向かう夫を見送りながら、「もし、このまま夫を失ったら……」という思いが頭をよぎりました。私には、夫に伝えたいことが山ほどありました。「今までのことに、ありがとうと言ってほしい」「私も疲れている」「これから、どうやって暮らしていけばいいの?」「もっと二人で話したい」でも、生死にかかわるこんなときでさえ、私は言えませんでした。夫の治療の邪魔をしてはいけない。今は私が我慢して支えなければ。そう思って、また自分の気持ちを飲み込みました。夫は大手術を乗り越え、一命を取り留めました。入院中は毎日のように病院へ通い、退院後も自宅療養を支えました。食道を全摘した夫の栄養管理を一日三回行い、社会復帰のために必要な支援を調べ、手続きにも奔走しました。夫が回復し、社会復帰できたことは、本当にうれしいことでした。けれど、日常生活に戻ると、夫婦の会話は相変わらずほとんどありませんでした。このまま夫が退職したら、夫は好きな読書や音楽を楽しみ、私は家事をすべて担っていくのだろうか。家庭を支えようと、こんなに頑張ってきたのに。夫婦関係を改善することもできない。どこから変えればいいのかさえ、わからない。私は、自分の無力さを感じていました。そんなとき、ある方との対話の中で聞かれました。「ご主人が病気になったとき、本当に言いたかったことを伝えたことはありますか?」ありませんでした。私はずっと、怖かったのです。本当の気持ちを言ったら、相手が怒るかもしれない。傷つけるかもしれない。関係が壊れるかもしれない。幼いころの父との経験や、それまでの夫とのやりとりの中で、私は、「言っても仕方がない」「怖い思いをするくらいなら、私がやればいい」と、諦めるようになっていました。もう一つ、聞かれました。「今、一番したいことは何ですか?」私の口から出てきたのは、「一人で旅に行きたい」という言葉でした。長い間、家族のことを考え、夫の体調を気遣い、そばを離れずにいた私が、ようやく見つけた、「私がしたいこと」でした。私は勇気を出して、夫にこれまでの感謝を伝えました。そして、「私は疲れている。一度、一人で旅に行きたい」と伝えました。すると夫から返ってきたのは、私がずっと聞きたかった、「ありがとう」という言葉でした。旅にも、「行っといで」と送り出してくれました。そのとき、気づいたことがあります。夫も、変わっていたのです。でも私は、過去の経験や怖さを通して夫を見ていたために、「今の夫」を見ることができていませんでした。そこから、私たち夫婦の関係は少しずつ変わり始めました。でも、私がやったのは、夫を思い通りに変えることではありませんでした。まず、「私は本当はどうしたい?」と、自分に問いかけること。小さなお願いをする。夫に頼る。任せてみる。嫌なことは嫌だと伝える。伝わらなければ、諦めずにもう一度話してみる。そして、自分のやりたいことにも手を伸ばす。そんな小さなことを、一つずつ始めました。今では、夫に家事を頼んだり、家のことを話し合ったり、わからないことを教えてもらったりしています。娘一家のこと、孫のこと、スポーツジムのこと、読んでいる本や見ている動画のこと。出かけた場所で何があったか。これから何をしたいか。日常のいろいろなことを話せるようになりました。そして今、私たちはいつも一緒にいるわけではありません。私は私で、仕事や学びに出かける。夫は夫で、仕事をしたり、クラシック音楽を楽しんだり、友人と会ったり、一人でコンサートへ出かけたりする。以前の私は、夫婦仲がいいとは「一緒に同じ時間を楽しむこと」だと思っていました。今は少し違います。お互いに自分の思いや考えを持ち、それを話せること。違いがあっても、相手と自分を尊重できること。そして、それぞれが自分の人生を大切にし、その幸せを互いに喜べること。それも、私にとっての「夫婦仲がいい」ということなのだと思っています。振り返ると、私は長い間、「私さえ我慢すれば」「私が頑張れば」「私が丸く収めれば」そう思って生きてきました。家族を大切にしたかったのです。でも今は思います。家族を愛することと、自分を大切にすることは、両立できる。優しさを捨てなくても、自分を犠牲にしなくてもいい。夫婦関係で悩んでいると、いつの間にか、「夫はどう思うだろう」「家族のためには」「妻なんだから」と、人生の主語が「私」ではなくなっていることがあります。だから私は、いきなり相手を変えようとするのではなく、まず、その方自身のお話をゆっくり伺います。「私は何がつらかった?」「本当は何を言いたかった?」「私は、本当はどうしたい?」うまく言葉にできなくても大丈夫です。安心して話しているうちに、絡まっていた気持ちを一つずつ丁寧に紐解き、自分の中にある思いに気づいていく。私は、答えを渡して、その人をどこかへ引っ張っていきたいわけではありません。その人自身が、自分の人生のハンドルをもう一度、自分の手で握っていく。そのための扉を一緒に見つけたいと思っています。夫婦関係は、私にとって大切な入口です。けれど、その先にあるのは、その人自身の人生です。実際、私のところには夫婦関係について相談される方だけでなく、さまざまな立場、年代の方がいらっしゃいます。人間関係の中で自分を後回しにしてしまう。周りのことはよくわかるのに、自分がどうしたいのかわからない。これからの人生を、自分で選んでいきたい。そんな方が、「私はこれが好き」「私はこうしたい」「そこへ手を伸ばしてもいい」と思えるようになる。私は、その時間に伴走したいのです。そして、70歳になった私自身も、まだその途中です。新しい人に会う。新しいことを学ぶ。仕事を育てる。おしゃれを楽しむ。今まで知らなかった自分を知る。そして今、もう一つ楽しんでいるのが、「身体を育てること」です。私は、出産後に関節リウマチを発症し、その後もさまざまな身体の不調を経験してきました。以前の私は、体調が悪くても、「私がやらなければ」と無理をすることがありました。でも70歳になった今、新しいスポーツに出会い、身体を動かす楽しさを感じています。2026年8月からは、食べる量をただ減らすのではなく、バランスよく食べながら身体を整えていく食事法にも取り組み始めました。始めてから、身体は2.2kg引き締まりました。この1年では、6.0㎏。数字の変化もうれしい。でも、それ以上に私が面白いと感じているのは、「70歳からでも、身体って育てていけるんだ」という感覚です。病気にならないように身体を守る、というだけではない。これからやりたいことをするために。会いたい人に会うために。仕事を楽しむために。自分の人生を楽しむために。身体も、自分で大切に育てていく。身体が少しずつ変わっていくことで、心にも元気が生まれているように感じます。心だけではなく、身体も。人間関係も、仕事も。自分の人生そのものを、これからも育てていきたいと思っています。70歳になっても、「こんな私もいたんだ」と思うことがあります。以前は、何者かにならなければ、自分を表に出してはいけないように思っていました。けれど今は、自分を生きて、やってみる中で、「私はこういう人だったんだ」と見えてくることもあるのだと思っています。私は、心の仕組みをたくさん知ることだけよりも、「それを実際にやってみたら、どうなるんだろう?」と試してみることが好きなのかもしれません。やってみる。自分に合うか確かめる。変化を感じる。違えば変えてみる。よければ続けてみる。夫婦関係も、仕事も、身体も。そうやって私は今も、自分の人生で小さな実験を続けています。何歳からでも、可能性の扉は開く。私自身、これからも、「私はどうしたい?」と問いながら、自分の人生のハンドルを握って歩いていきます。家族を愛したまま。大切な人を大切にしたまま。そして、これからは「私」も大切に。50代からの夫婦関係改善カウンセラートリニティ数秘術認定カウンセラーじきはらあけみ(あけみん)
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