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初めまして、浅川と申します。千葉県松戸市にて、福祉メディアプロデューサー/福祉コミュニティディレクターをしております。また、精神疾患当事者の集まりである「ピーナッツの会」の会長も務めており、Zoomを用いて活動しております。自称活動家でもあります。コロナ禍明け後に、患医ねっとの精神疾患に関する最新ニュース部の部長をやっております。私自身の経験として、統合失調症、不眠症、高血圧、軽度の脂肪肝を患っており、片足にやや不自由を感じております。(20歳〜35歳の15年で精神科に複数回入院、電気けいれん療法3度経験、片足手術5度経験有り。合計10回位の入院歴あり)なんとか人生を立て直しつつあります。2019年と2020年には、心の元気+の表紙モデルを2度務めさせていただきました。自己紹介の動画はこちらです。おかげさまで2,730再生回数突破しました↓https://youtu.be/fNS5sNxYZX8ピーナッツの会巨人戦YouTube動画は下記から↓https://www.youtube.com/@%E6%B5%85%E5%B7%9D%E6%AD%A628ピーナッツの会のホームページができました↓https://asakawatoasakawa.com[公式サイト]巨人オンラインストアはこちらから↓https://store.giants.jp野球は8年間、選手として活動しておりました。20歳の時、神宮球場のバッティングセンターにて、軟式ボールで自己最速となる107キロを記録いたしました。当時、軟式野球界ではまあまあ速い方でした。AIの分析によると、20歳・左腕・軟式で107キロという実績は、硬式野球に換算すると117~122キロほどになり、高校野球の中堅~上位校の実戦レベルの球速に相当すると分析されております。特に左投手でこの球速は、素材として非常に評価されやすいと評価されております。守備は、捕手以外全てのポジションを経験し、内外野問わずユーティリティープレーヤーとして活躍いたしました。ファーストコーチとサードコーチの経験もございます。現役時代は主に6番センターとして、俊足強肩を武器に活躍しておりました。2015年に野球界に20年ぶりに復帰するも、同年現役を引退いたしました。2024年2月より、アメブロにて読売巨人軍の甘口評論家としてデビューいたしました。読者の皆様には、豊富で正確な最新の記事をご覧いただければ幸いです。2024年8月、50歳代で立身出世しました(^^)巨人ファン歴は45年以上となり、長年のファンとして活動しております。過去には、巨人の元本拠地である後楽園球場に、巨人の応援のために、友人と山手線の午前4時台の始発に乗車し、開門と同時にライトスタンド自由席を確保し、ハチマキを頭に巻いて、メガホンと応援バットで応援し、ハッピを着用した経験がございます。また、得点が入った時や7回裏のラッキーセブンには、紙テープを投げたり、ジェット風船を飛ばしたり、紙ふぶきをふったりしておりました。家族で、後楽園球場のジャンボスタンドで、巨人戦を観戦した経験もございます。現在の東京ドームでは、初年度の開場当時に徹夜でライトスタンドの座席確保のために並び、応援した経験がございます。タイトル:20代の看護師さんに「モテたでしょう?」と言われて考えたこと皆さん、こんにちは。先日、20代の女性看護師さんとお話ししていた時のことです。ふいに彼女から、こんな質問を投げかけられました。「浅川さん、学生時代は相当モテたでしょう?」私は少し照れくさくなって、「モテたというよりは、人気があった方かなぁ」と答えました。でも、ふと自問自答したんです。「なぜ、彼女は会って間もない私の過去を見抜いたのか?」と。今日は、自分なりに掘り起こした「人気の正体」についてお話しします。■エースから打った、執念のタイムリー中学時代、私は「野球キチガイ」と言われるほど白球を追っていました。忘れられないのは、ある試合での一打です。相手は超高校級のエースピッチャー。監督からは「スクイズ」のサインが出ましたが、作戦は失敗。絶体絶命の場面で、私はまさかのタイムリーヒットを放ったのです。ベンチに戻ると、監督から飛んできた言葉は意外なものでした。「ヒットを打ったからって、いい気になってんじゃねえぞ!」怒られはしましたが、あの時の「ここぞという場面でやってやる」という勝負強さは、私の「動」の原点かもしれません。■女子が見ていた「放課後の黒板消し」一方で、小学校時代にはこんな「静」のエピソードもありました。私は授業が終わると、誰に頼まれるでもなく黒板を消すのが日課でした。ある休憩時間、女子2人から「浅川君、まだ消さないで!勉強中なんだから」と注意されたことがあります(笑)。当時は「あ、ごめん」と手を止めただけでしたが、実は彼女たちは、そんな私の何気ない振る舞いをずっと観察していたようです。それが証拠に、学級代表選挙では私と木村君というライバルの**「一騎打ち」**になりました。結果は一歩届かず、2学期に期待しても選ばれませんでした。でも、クラスの約半数が「浅川に任せたい」と票を投じてくれた事実は、今の私の大きな支えになっています。■「光」と「影」を知っているからこそライバルだった木村君は卒業後、別の道へ進み、それっきりです。でも、エースから打った「光」の記憶と、選ばれなかった「影」の悔しさ、そして誰も見ていない場所で黒板を消していた「誠実さ」。この三つが混ざり合って、今の私の「顔」を作っているのだと思います。看護師さんは、そんな私の歩んできた「年輪」のようなものを、直感的に感じ取ってくれたのかもしれません。■最後に「人気」とは、誰かに勝つことではなく、誰かの記憶にポジティブに残ること。今のピアサポート活動(ピーナッツの会)も、あの時の「黒板消し」と同じ気持ちで取り組んでいます。皆さんの「人生の原点」は、どんな景色ですか?また活動の場やブログで、ゆっくり聞かせてくださいね。岡本真夜さんと岡村孝子さんのファン歴は約30年以上となり、長年のファンとして活動しております。ブログでは、豊富で正確なニュースをお伝えしたいと考えています。「災い転じて福となす」の精神で、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
テーマ: 巨人
野球観戦
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