ブログをブロックする
ブログを報告する
稲葉美鈴(ミレー)韮崎アラミスサロン・ミュージック ニューウェル 代表 【音楽との出会い】父が7人兄弟の長男で、私が生まれた時には、叔母が社会人と大学生、叔父が高校生で同居していました。その影響で3才の時には、60年代・70年代日本人アーティストの歌をほぼ歌えるほどの愛好家となっていました。4才になる頃に、ピアノ個人教室に入門。その先生が、県立工業高校の音楽の非常勤講師と軽音楽部顧問を担当していて、発表会で見た男子高校生バンドの先生のピアノとのセッションに感銘を受け、耳コピしながらピアノを弾き、ポップス音楽に興味を抱いていました。しかしながら、当時のピアノ教室はクラシック専門でしたので、もっぱら独学で、その内、ヒットソングの楽譜が出版されていることを知り入手して、手当たり次第、弾きまくりました。その高揚感は、普段のレッスンでは感じられない素晴らしいものでした。また、父が聴くラテン音楽や母が歌ってくれる童謡や唱歌にも敏感に反応し、当時の子供番組の主題歌は一言一句違わず、今でも歌えます。音楽や歌に関する感受性が高かったと思われます。大学の卒業論文も「歌謡曲の音構造」でしたから、この幼少時の体験が息づいていたのでしょう。【単身上京】中学3年生、進路を決める時点で、すでにピアノ歴10年。理系にも強く、女子テニス部主将を務めるスポーツも得意な女子中学生としては、まだ人生の行く末を決めかねていました。というより、希望が多すぎて一つに絞ることができなかったのです。そんな折、東京・立川に住む教育熱心な叔母から音楽大学を目指すために音高への進学を提案されました。私の母も乗り気になり、単なる趣味に終わらせるには惜しいと、私の意思とは関係なく話が進み始めました。しかし、私は生来、刺激的なことが好きで冒険心も強かったので、東京での生活に憧れを感じ、一転、国立音高を目指すことにするも、気づけば時は11月後半、実技試験は1月で間に合うはずもなく、諦めかけたとき、ピアノレベルは最低ラインが提示されている自己申告でOK、実技試験無しの普通科があることを知り、受験することにしました。学力レベルは、都立高校並みの試験内容で70%得点が合格のボーダーラインと聞き、それから2か月間、1日15時間勉強を続け、めでたく合格。後にも先にもあれほど勉強したことはありません。というのも、山梨県は生徒の成績レベルが全国的に見ても低く、都立高校問題集を手にした時は、見たこともないような問題のオンパレードで、酷い恐怖感を感じました。それを克服するには、勉強するしかなかったのです。晴れて合格し、期待に胸を膨らませながら入学するも、生活することになった学生寮には日本全国、いや、留学生も含め世界中から精鋭が集い、都会での生活に憧れて出てきたような輩には太刀打ちすることは不可能でした。もちろん、懸命に努力すれば叶ったかもしれませんが、その努力が実に無意味に感じられたのです。それでも、そのような精鋭に囲まれて暮らしていたので、私自身のピアノや音楽レベルも自然と上がっていました。この時、環境の重要性を知りました。門限17時の監獄のような生活の中、精鋭らが1日5~12時間練習する中で、やる気がなくてもつられて2~3時間は練習します。試験の前には、一緒に10時間練習したこともあります。約100名が暮らす寮では、常に、名曲の生演奏が至る所で流れていました。防音設備がなかったので、まるで同じ部屋で別の曲を弾いているような特異な経験を3年間しました。おかげで、曲への知識も多く得ることができました。その後、国立音楽大学の教育音楽学科へ進学。演奏実技はピアノ・声楽・第2楽器と多岐に渡る上、学校教育や教育法を理論と実習をもって習得しました。卒業論文では、当時流行っていたジャニーズのアイドル(光GENJI、少年隊)らの曲に焦点を絞り、ヒットソングの音構造について研究しました。ここで、幼少時代の流行歌好きが活きてきました。教育実習では最高の評価を得ましたが、公務員の不自由さに魅力を見出すことができず、正直、音楽に執着していたわけでもなく、山梨へ帰郷する希望もない上、音楽で身を立てることは不可能に思われ、バブル期真っ只中の就職活動では、証券か不動産会社を目指しました。【学生時代を経て】念願叶い、株式会社リクルートコスモスへ入社。音楽大学から一般企業への就職は難しく、当時当たり前だったコネもないので、大学入学と同時ぐらいに戦略的に一般企業への就職も視野に入れていました。新宿支社で、マンションの高級物件担当の営業マンとなりました。その後、大阪支社へ転勤。バブル崩壊の影響で業界が厳しい状況となり、3年足らずの会社員生活にピリオドを打ち、山梨へ帰郷しました。しかし、この会社員生活は社会人として貴重な経験となりました。数年前に、入社30周年の記念イヤーとして、かつての同僚らと再会を果たしました。皆、不動産業界で大立者となったり、別の業種でも大活躍の人々が多く、この人脈も今後の私の財産となりそうです。【山梨へ】次の仕事を模索し、紆余曲折はあったもののまずはできることから始めようと、派遣社員としてOA事務職に就き、その間に山梨放送でレポーターを募集していることを知り、未経験でしたが受験し、たった一人の採用枠に入ることができました。レポーターは、ラジオの生放送です。5年間務めました。1日に6回、早朝から夕方までのワイド番組で1回3分間から5分間の現場からの中継です。単にレポートして喋るだけでなく、企画、ネタの仕込み、ラジオカーの運転、放送機材の運搬や操作まで自分でするのです。これは現在のSNSでのライブ配信に大いに役立っています。刺激的で緊張感に包まれながらも人脈開拓には最適な仕事でしたが、番組契約なので収入は充分ではありませんでした。それで、同時に3年間手付かずではありましたが、ピアノを再開し教室を開きました。ピアノ教室は、大したPR活動もせずに、30年間ずっと30~40名を維持しています。私のポップス好きが高じて、生徒らは多様な音楽を楽しんでいます。30年間に、子どもの歌唱、大正琴を加え、発表会はさながらライブ会場です。パフォーマンスすることの喜びを伝授しながら、共に楽しんでいます。これらの業務で経験を積んで、人脈開拓も功を奏し、演奏や司会の仕事にオファーが来るようになり、若さもあって休む暇がないほど仕事ができました。さらに、母と自宅の一角でピアノバーを開店し、近隣にはないスタイルだったので繁盛させることができ、5年目には母が引退し、オーナーとなりました。また、2006年には、(社)韮崎青年会議所 理事長を務め、まちづくり、人材育成、自己啓発に精を出しました。市の27の公職を歴任し、地域の発展を願うばかりでなく実践し続けています。現在もライフワークのような形でいくつか引き受けております。これらの事業を継続し、本年は開業30周年を迎えることができました。時代や社会の状況が変わりましたが、柔軟に対応しつつ、今日があると思います。【経営方針】企業理念 人生はいつもステージの上経営理念 五感を研ぎ澄ませて社会を見る。そして利用者の豊かな人生への一助になる。事業活動におけるこの理念をもとに、音楽や自己表現をテーマに、クライアントが豊かな人生の創造をするノウハウや機会を提供する。【独自性・私の強み】・保育士免許を持ち、幼少者に対応できる。・30年間の経験により、入門者から上級者、高齢者まで指導可。・国立音楽大学教育音楽学科出身 教育のスペシャリスト。ピアノだけでなく、声楽・リト ミック・音楽理論と実践・作曲・編曲などオールラウンドに修学。・ピアノバー経営とピアニストの技術を活かし、弾き語り・即興演奏などの演出力あり。・接客業の経験により、指導に老若男女問わず、接客のノウハウを反映できる。・ピアノでも話し方でも、本番を重視したパフォーマンス力を上げる指導ができる。・フリーアナウンサーとして活動中。2020年に話し方講座を本格的に始動。数か月単位で話し方を学ぶ講座は現在第4期の企画中。オンライン配信など、新しい時代に則した話し方を指導する。・2021年11月、日本女性会議in甲府 オンラインマルシェにて独自のメソッドによる「1分間であなたの魅力を伝える自己紹介」講座レッスンチケットを販売し、当マルシェにて売り上げ第1位獲得。・著書「子どもの人生を豊かにするピアノ教室の選び方」を教室30周年記念としてAmazon のkindleより出版。幼児教育・生活情報・クラシック・J-POPスコア・子育て 各部門で 第1位獲得。・月謝制のほか、1レッスン制や短期レッスンを行っていて、様々なご要望に対応。・企業・団体よりオファーを受け、歌声喫茶風なイベントや講座を開く。即興的な演奏、 歌、おしゃべりを主に高齢者向けに行っている。芸名は「ミレー」月1度、甲府市内を巡回する「やまなし歌声ハート倶楽部」は5年目に突入!オリジナル ソング制作。・甲府市国母文化協会歌の会・甲府市南西公民館講座 講師・全日本ピアノ指導者協会甲府支部・カワイ音楽研究会 所属【プライベートでは】・ガールスカウト山梨県第9団代表として少女の育成に携わる。・地元公立中学校 学校評議員を務め学校運営に、また(一社)韮崎北杜青年会議所 第 36代理事長として 街づくり、人材育成活動に寄与する。・趣味は、韓国ドラマ鑑賞・韓国語学習と国家資格取得(中高校教諭免許、調理師、保育士、国内旅行業務取扱管理者、運行管理者、他取得)これらの経験や技術を持って、皆様が望む音楽やトークを介しての自己表現を端的に確実にできるように、アドバイスできます。お任せください!【話し方受講生・お客様の声】・3つのビジネスで創立30周年となる 経験と知識に裏打ちされたアラミス先生のteaching styleは、個々の魅力を余すことなく引き出し再現性のある分かりやすいものでした。 (甲府市 ファイナンシャルプランナー)・受講後、自己紹介をする機会がありました。今までは常にアワアワしていたのが、すごく落ち着いてにこやかに話すことができました! 発声練習の成果なのか、声も出ていて自分でもびっくりしました。 (甲斐市 薬剤師)・第30回発表会を記念して初めてプロの司会を頼みました。いつもの演奏が雰囲気よく聴こえましたよ。保護者にも安心して観覧できたと好評でした。(上野原市 田名網ピアノ教室様)・当教室は、出演者が多いので変更やトラブルが付きものですが、ご自身も音楽教室を主宰されているため、勝手が分かりスムースに対処できるので助かります。説明がほぼ要りません。 (埼玉県 BEC英会話・音楽教室 様)【生徒受賞歴・進路】・グレンツェンピアノコンクール 銀賞・銅賞・カワイこどもピアノコンクール 山梨代表・東京大会 入賞・ピティナピアノコンクール 奨励賞・国立音楽大学附属高校 ピアノ科・甲斐清和高校 音楽科・洗足学園音楽大学 ポップスヴォーカル専攻・文教大学 教育学部 音楽専修・保育士試験 音楽・言語実技受講生 合格率100%【事業概要】開業:1992年4月1日 業種:学習支援業(音楽・話し方教室)、イベント出演、貸しスペース、飲食店音楽教室/ピアノ・歌唱・音楽理論・大正琴・合唱指導話し方教室/司会・スピーチ・朗読イベント演奏(ピアノ・歌唱)・司会・アナウンス・ナレーション・歌声喫茶ライブ飲食店/ピアノバー【創業の経緯】1992年3月 山梨放送 レポーターとして活動開始1992年4月 ピアノ教室開講・イベント業開始1993年11月 ピアノバー ニューウェル 開店 1996年10月 大正琴講座 レッスン開始2010年6月 カルチャーセンター講座 開講(ピアノ・子供の歌・大正琴)2020年9月 教室&レンタルスペース 韮崎アラミスサロン開業【メディア】テレビ山梨情報番組(教室・バー・歌声イベント紹介)山梨日日新聞(サロン新店情報・30周年記念著書出版) 韮崎ジャーナル(30周年記念著書出版)Amazon kindleより電子書籍を出版(子どもの人生を豊かにするピアノ教室の選び方)
テーマ: ピアノ教室
テーマ: 話し方教室
教室・スクール
アメンバーになると、アメンバー記事が読めるようになります