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プロフィール5歳からヤマハ系の教室で学び、小5から名古屋音楽学校でピアノとソルフェージュの専門教育を受け、中学の時に菊里か明和の音楽科への進学を薦められるも、レッスンがとても厳しく楽しみを見い出せず一度離れる。その後再開。高校生になって大学教授のレッスンを受け始めるも「ピアニストにはなれない、音楽での進学なら絶対安定した教員が良い」と母親的なアドバイスを参考に教育と実技両方特化して学べる大学を志す。私立の音大は学費の回収に時間がかかると両親は反対。高校生でカワイ演奏グレードと指導ライセンス取得♪国立大阪教育大学教育学部教養学科芸術専攻音楽コースピアノ科入学。教員養成課程とは別の科で実技に重きがありました。瑞宝章中綬章 受章をされた瓜原一勲教授に師事。クラウディオ・ソアレス先生がいらっしゃる時代でした。ソアレス先生が1回生の後期の実技試験の際に今年の入学生はレベルが高いとおっしゃられていたとソアレス先生門下の友人から聞いた通り上手な子ばかりでとても焦りました。同級生や先輩からの依頼で声楽やコントラバスの伴奏も経験。在学中からピアノ講師と奈良県の奏者派遣事務所に登録してレストラン演奏に従事。コンビニの時給が700円の時代、ピアニストの仕事は実働90分で5,000円。大学時代は1日8時間以上ピアノに向き合う日も、学業、友人仕事に恵まれ、関西生活を満喫。1人暮らしが楽しくて、お正月さえ帰省しなかったり。卒業を控え、就職氷河期。ピアノ曲が好きでピアノ曲を教えたかったため教員の仕事には興味を見い出せず、でも楽器店のピアノ講師は薄給。個人のお教室の方がお給料が良かった事もあり差に愕然、愛知教育大学の院を受験して合格するも働きながら学ぶ道を選びギリギリ辞退。長く企業で正社員で就職。途中結婚。妊娠出産で大変な事があり物理的に働けなく会社に迷惑を考え離職。子育てしながら通いでピアノ講師などのパート時々。人生半ばピアノ教室の開業を決めました。30代途中までマスタークラスを受けていました。出産後、ピアノを本格的に弾いていなかったブランクはありますが、娘が7歳から本格的にピアノを習い始めて、そこから一緒にコンクールなど切磋琢磨して来ました。子も10代になり子育て中盤、少し時間にゆとりが出ました。少人数募集で、お1人お1人のご縁を大切に対応いたします。レッスンコースはメッセージボードまでスクロールしてください
テーマ: ブログ
音楽活動・楽器
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