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⋆~意識と魂の調律ガイド~⋆ 美智子-Michiko-です。あなたの内なる響きを本質の周波数に戻すべく①心理学の理論でこころを整え ②スピリチュアルの教えで魂レベルの深い氣づきを得て精神性を調え ③宇宙生命エネルギー=レイキで、全体との調和、宇宙と共鳴共振する在り方へと導きます☆彡 3週間で意識は変容し始め、3ヶ月後には「本当のあなた」を生きる世界にあなたはいます☆さあ、いつから始めますか?いつまで生きづらさを抱えていますか?ここでのすべてのご縁に心から感謝します!いつもありがとうございます!~心と魂の調律ガイド~美智子-Michiko- is☆心理カウンセラー☆産業心理カウンセラー☆チャイルドコーチングアドバイザー☆応用心理学教室ゼミナール過程修了☆スピリチュアルカウンセラー☆臼井式レイキラディアンスシステム認定レイキティーチャー/ヒーラー☆プラクティカル認定エンジェルカードリーダー™(ドリーン・バーチューさん認定)✩マスタープロフェッショナル瞑想コーチ(JSEA 穴口恵子さん認定)心理学の理論とスピリチュアルの思想を融合したカウンセリングを軸に、レイキ伝授やエネルギーヒーリングを行う。幼少期からの繊細な感受性と、人生の転機を通して「本質に還る」ことの大切さを体感。音楽や自然、宇宙のリズムに共鳴しながら、心と魂を調えるセッションを提供している。内なる響きを本来の周波数へ戻し、自分らしい生き方へと導くことを使命として活動中。もっと詳しく知りたい方は続きをお読みくださいませ(^^)美智子のこれまでの人生ストーリーです。かなり長文です。(過去の記憶が消えてきてるので忘れないうちにここに記しておきます)私、美智子は7歳頃からずっと、「私は何のために生まれてきたのだろう」「私はなぜここに生きているのだろう」「私の使命は何なのだろう」ということばかり考えていました。このテーマに対する答えをやっとみつけ、それに確信が持てたのは40代後半になってからです。ここにたどり着くまでには、本当にいろんな事がありました。4歳頃から12歳頃までは、自宅では声がでるのに一歩外にでると声が出なくなるという症状(のちに場面緘黙症であったことが判明)に悩まされていました。声を出そうと思っても出ないのです。さらに、不安や恐怖を強く感じやすく、常に筋肉が緊張し、無表情で、笑顔を見られるのが恥ずかしくて、人前で笑うことができない、そんな子供でした。その症状は、母からの心身への虐待をエスカレートさせる原因にもなっていました。母は私という存在自体を完全に否定し、暴言と暴力をほぼ毎日私に浴びせてきていました。学校では先生にまでいじめられ、同級生には「鉄仮面」「フランケン」などというあだ名をつけられからかわれ、毎日居場所がなく、逃げ場もなく、常に、どうやったら死ねるのかということばかり考えていたほど。自分でもその症状の意味が理解できず、人からも理解してもらえない・・・。母からも否定しかされない。本当に、自分がそこに存在している意味が全く解りませんでした。早くこの時が終わってほしい、そう願いながら過ごしていると、ある日、私の人生にぽっと光を灯す存在が現れます。それは、テレビの中で派手な格好をして、音楽で自分を表現している、カッコいいロックミュージシャンたちでした。✧【第一期覚醒期~ロックとの出会い~】✧このロックミュージシャンたちとの出会いによって「こんな生き方もあるんだ!」「こんな人がこの世の中にいたんだ!」「こんな自己表現の仕方もあるんだ!」と、私の自己変容の扉がパカパカ開かれていきました!私の意識、マインドセットの第一期覚醒期がこの時。小学4年生10歳でした。同時期に、交換日記をきっかけにして、クラス内で初めて「友達」といえる存在もできて、ちょっとずつ自分自身の解放が始まっていったのでした。交換日記は、「書く」ことで、自己表現もコミュニケーションもできるアイテムですよね。完全にアナログの時代だったからこその賜物でもありますが、声が出なくても笑えなくても、こんな方法で人とつながることが出来たんだ!と氣付き、本当に感動したのを覚えています。そうしていろんな人から善い影響を受けながら、順調に自分を解放していき、中学にあがる頃には、親しい人となら話せるようにもなっていました。これもロックスターたちに、否定して停滞する在り方から【肯定して進む在り方】へと、ガッツリマインドセットを変えてもらったおかげさまです。それに加えて、私もミュージシャンになりたい!という夢を抱かせてもらったことも、私の生きる力になっていました。しかし、私が高校生になったころ、3歳上の姉が統合失調症を発症し、就職先の東京から実家のある愛媛県に帰ってきました。私にミュージシャンとのご縁を繋いでくれたのは姉で、何事にも優秀で憧れだった姉が、人間ではなくなった姿を目の当たりにすることになっていくのです。今思うと、この時の姉は完全に闇の世界と繋がった人になっていた、という感じでした。しかし、皮肉なことに、その姉の病気を機に、私に虐待ばかりしてきた母の態度が一変。態度をひるがえし、私を頼ってくるようになったのです。ここから、母との関係性に善い変化が起こり始めました。これも、私が私のことを肯定するようになったからこそ起こった変化です。さらに、高校生の時に、私は学校の近くのお菓子工場で人生初のアルバイトをして、念願のギターを通販で購入。学校を早退して電車で2時間ほどかかる松山市まで一人でライブを観に行っても、母に否定されることもなくなり、逆にその夢を応援してくれるようにもなっていました。その後もしばらくは家族全員が姉の言動に振り回されていましたが、社会人になった私は一人暮らしを始めることになります。やっと、実家から出られた!と喜んでいましたが、社会という新しい世界は緊張と不安だらけで、元々のコミュニケーション障害がここで暴発。職場や他人に全く馴染めず。コミュ障を克服するために、あえて接客業を選び続けるも、「いらっしゃいませ」さえも恥ずかしくて言えない、そんなレベルで、最短数日で仕事をやめ、転職しても続かず、撃沈し続ける日々を過ごしていました。だけれども、一人ぼっちの知らない町で、唯一、寂しさを埋めてくれる場所が見つかるのです。とある飲み屋(バー)なのですが、そこは音楽好きが集まる場所。実はここも姉からの紹介で知ったお店だったのですが、音楽仲間に囲まれて生活したいという私の願いがここで叶ったのです。生まれて初めて、『自分の居場所』をやっと見つけた!と思えた場所でした。「本当の自分」でいられる場所をやっと、見つけた・・・。毎日のように通うようになっていました。ここで、お酒の力を借りてコミュ障も徐々に克服していったのでした。しかし、このお店で、恋愛関係のトラブルに巻き込まれ、(というか、自ら生み出した)再び私は心を閉ざしたのでした。この時、見えない世界から「警告」が届いていました。今、思い返すと、あの声は未来の私自身でもあり、高次元の私=ハイヤーセルフの声でした。あのお店にはもう行くな。生活を改めなさい、と。しかし、その警告をスルーして行動を続けた結果、強制終了をかけられた、というのがこの事象の真実です。しかし、当時の私は「また、居場所を失った・・・」と生きる気力を失い、自暴自棄になったりして完全にバランスを崩し、自分の判断や考え方が全く信用できなくなり、人のことも信用できなくなり、自己否定モードに完全に逆戻りしてしまったのです。それから約10年間は、後悔と、自責、他責の念にまみれて、まるで死んだように生きていくことになります。しかし、その途中、それではダメだと思いたち、24歳の時に地元の愛媛を離れ、ミュージシャンになりたいという想いだけを生きる氣力として持ち、東京に引っ越しました。そして、憧れだった楽器店でアルバイトをしながら、好きなものに囲まれた生活をまた叶えることになります。だけれども、そんな恵まれた環境にいながらも、トラウマ(恋愛)の傷=自己不信、他者不信、が癒えていないのと、仕事では販売ノルマを達成できない、ギターが相変わらず上達せず、耳でチューニングできないなど、そんな、ない、ないマインドだったこともあり、この時期に、各種依存症、摂食障害、鬱症状までも併発することになります。しかし、当時の私は、それらの症状を「病気」とは認識しておらず、すべて【自分の性格のせい】だと思い込んでいたため、病院に行くことも薬を飲むこともなく、全て、自力で克服していきました。そして結局、楽器店も2年ほどでやめ、日雇いバイトをしながら、後悔ばかりの日を過ごすのでした。そんな20代を過ごしたせいもあり、もう、現実から逃げたい、その一心で、結婚相手を探し始め、33歳の時に結婚。そうして誰かに頼る、依存する生き方を選択した結果、逃げられない現実をここで突き付けられ、39歳で離婚。ギャンブル依存症の元旦那様の身柄を何度も警察に引き取りに行ったり、お金貸してと毎日言われ続ける結婚生活をそこで終わらせました。✧【第二期覚醒期~離婚と再生~】✧だけれども、そんな結婚生活は、氣づきと学びだらけでした。動機に即した結果にしかならないんですよね。改めて自分自身の醜い部分にたくさん氣付くことができ、自他に対して「許す」「認める」こともできるようになったのはこの頃からです。この頃が私の人生で、最も極限まで「陰」に振り切った時ともいえます。だからこそ、これまでは何事も一人で何とかしようとしてきたけれど、さすがにもうどうすることもできず、ここで初めて「助けて!」と、人に助けを求めることができたのです。すると、周りからの援助があったのはもちろんのこと、自然と、霊能力者の方とご縁が繋がり、高次元の世界に繋がる流れもそのままやってきて、守護霊、龍、大天使たちとの交流がここから始まったのです!心を開くと、こうして必要なご縁も拓かれてくるんですよね20代の頃は人間の霊としか関わったことがなかったのに、守護霊様以上の次元にいる存在を認識できたということは、自分自身の進化成長の証。見えない世界の仲間たちも周波数で引き寄せ合いますからね☆ちなみに、私の霊能力は、20歳の時、祖母の他界を機に突如芽生えています。初めて遭遇した霊は祖母の魂でした。そこから、その感覚を覚え、最終的に自己の成長と共に高次元の霊的世界に意識を合わせることが出来るようになった、というわけです。そして、この離婚を機に、私は私の人生に対して、本氣で真剣に向き合うことになるのです。先を見据えた上で、中断していた心理学の勉強も再開させ、必要な資格を取得することに時間を使いました。仕事もすぐにやめることはなくなり、元旦那様の借金の保証人になっていましたが、それも着々と返済しました。さらに、この頃から、姉に対する私の対応にも変化が起こりました。それ以前の私は、姉の全てを否定していて、病気のことを一切理解してあげようとはしていませんでした。それは、憧れだった姉が、闇のエネルギーに操られた人間になった、というショックを自分自身が癒せてなくて、「本当の姉はこんな人じゃない!」という悲しい思いが、姉を否定する、という誤った形で表現され、姉を追い詰めたり傷つけたりしていたという事実に、この時やっと氣づいたのです。それに氣付いてからは、姉の病気のことも、姉という存在自体も、もっと理解してあげようと思い直しました。すると、それを機に、なぜか、姉の病状がどんどん良くなっていったのです。そんな姉は、今では、老人ホームで生き生きと働いています。さらにさらに、母との関係も、いまだにまだしっくりこない部分はありますが、「あんたには、何もしてあげてない」が今の母の口癖で、本当に困った時、特に経済的にどうにもならない状況になったときは、必ず助けてくれるようになりました。小学生の頃は、学校に必要な物も買ってもらえなかった時もあるというのに(笑)。母の中でも申し訳なかったという気持ちがあって、その気持ちを今、こうしていろんなかたちで表現してくれてるんだな、と思うと、本当に胸があつくなります。私は母の影響から【自己否定】を軸に生きていましたが、ロックミュージシャンたちから、それでいい!という【自己肯定】できる在り方を教わり、人生が開かれていきました。私自身が私のことを肯定できたとき、母から否定されることもなくなったのです♡そして、私自身が誰からも理解されない症状に苦しんでいた幼少時代を過ごしているにも関わらず、姉のことを理解してあげられてなかった、という事実に氣付けたという体験も、私にとっては大きな実りであり、家族に「愛」がよみがえった、貴重なきっかけにもなりました。また、次に進むときにきているのに抵抗し続けていると、強制終了がくだされることも学びました。✧【第三期覚醒期~本当の自分に還る~】✧そして、世の中でパンデミックが起こり、みんなが家に閉じこもっていた、あの時。私の完全な「魂の目覚め」が始まりました。この時、私は40代後半。その直前に、並木良和さんの目覚めに関する本が、なぜかその時だけ無性に気になってしょうがなかったので、購入して読んでいたら、なんと私の「魂の約束」をうっすらと思い出したのです!「そーだ、もう準備をしなきゃ!」と潜在意識がざわつき、思い付くままに本を読みあさったり、YouTubeなどからの情報収集を始めました。この時に「ハイヤーセルフ」という「本当の自分」が居ることを知りました。実は、以前からずっと、スピリチュアルの世界について勉強したいと思っていて、スピリチュアルカウンセラーやヒーラーに憧れていたのです。だけど、それを学ぶ場もないし、私にはできないと勝手に諦めていました。だけど、この時、「いや、私、そのために生まれてきた」ということを思い出したのです!それから、大天使たちのすすめで美咲りお先生のもとでレイキを習得し、ドリーン・バーチューさんの本やオンライン講座で、リーディング技術、スピリチュアルカウンセリングをまなび、穴口恵子さんのもとに一年程通い、誘導瞑想、スピリチュアルコーチング、スピリチュアルマーケティングなどを伝授していただく流れが自然とやってきました。その後も覚醒のための修行?を独自に重ね、スピリチュアル界の他の先輩方にも大変お世話になりながら、私自身のハイヤーマインドを確立しました。ここで、結ばれた全てのご縁は本当に奇跡でした。学びに必要な費用も自然ともたらされ、「本当の自分」に還るだけで、導きに身を委ねるだけで、こんなにもスムーズに現実は動き始め、確実に変化変容していくということを実感させられました。✧【念願の個人事業開始!】✧そして、導かれるままに、2021年、春、神奈川県にて個人事業「叶夢想家(とむそうや)」を立ち上げ、オンラインでの個人セッションをメインに、私の使命とも言える活動を始めました。この「叶夢想家」という屋号は、私のハイヤーセルフ叶夢(とむ)のアイデアで決定し、大天使たちのサポートも得ながら、夢や想いを叶えるおうち、だれもが愛に還ることができる場所にする!という熱い想いのもと立ち上げました。その同年の秋には、地元の四国に帰り、出身地の愛媛のお隣、香川県高松市で、自宅サロンをオープン。対面セッション、各種小規模イベント企画&開催、レイキ伝授セミナーをメインに活動。しかし、2年ほどで一旦休業し、和歌山県高野山のお寺に移住(笑)。半年ほど、住み込みで宿坊を手伝いながら自分自身をリセット。そして、2024年、現在の三重県伊勢市に移住。私自身の意識の拡大に伴い、2025年8月「叶夢想家」をリニューアル!より広大なエネルギーと共に、宇宙全体と共鳴共振しながら、「あなたの内なる響きを本来の周波数へ」戻すサポートをしていくこととなりました。新たに音叉ヒーリングや、楽器、音楽を用いたエネルギーチューニングなども取り入れていきます。私のこの命は音楽で救われたといっても過言ではないので、これからも「音」「周波数」と共に私は私の在り方で、私の周りの人々を本来の周波数へ戻すお手伝いをさせていただきます。ミュージシャンになる夢は叶いませんでしたが、周波数繋がりで、その夢がまた違うカタチでこうして叶っています☆私自身も、分離意識から成る孤独な世界で様々な苦悩を体験してきましたが、この全てがあったからこそ、「何のためにここに生きているのか」、その答えを見つけることができました。その全部、「今」必要でした。最初に感じた私の使命は、私のこれまでの人生のテーマと同じテーマを探求している人達のサポートをすることでしたが、この使命も、次の段階に進みました。地球全体の覚醒期を経た現在、多くの人が精神世界=スピリチュアルの思想=「本当の自分の意識」の世界を知ることができています。しかし、古い観念やしつこい三次元的な癖がこびりついている「心」を完全にクリアにできていないがために、ぶれやすい人もまだいらっしゃいます。この状況下での私の新たな使命は、心、意識、魂の周波数にフォーカスしながらも、全て(過去/未来、左脳/右脳、エゴ/ハイヤー、地球/宇宙など)を統合して、完全に「本当の自分」に変容していく過程を、より大きな意識でサポートしていくこと、です。私の強みは、一般的には精神疾患と言われる症状を全て【自力で克服し完治させた】という経験です。完全に克服するまでに約30年位はかかっていますが、その間、ずっと、私は自分の心と向き合ってきました。それは、先ほども言いましたが、病気ではなく「自分の性格のせい」だと思い込んでいたからです。性格だから自分で直せる、と。その実際の人生体験に、心理学の専門知識も加わり、さらにそれを宇宙から俯瞰して見れる拡大された意識も開かれ、その全部を周波数でとらえ、その周波数やそこにあるエネルギーを調整できるようになり、周波数、響きを言葉に変換していく能力まで開花させました。この能力は、きっと私だけの唯一無二の才能だと自負しております。この人生からでないと生まれてこなかったものです。全てはこれまでの体験のなかにありました。真の自信も、天職も、使命も、探し求めていたもの全て、あったのです。視野を拡大し、目の前に現れた問題をクリアしていくだけで、意識は上昇し、不要なものは解放されます。そして、目に見えるものだけを見ていると「限界」がきます。その物事の真実や、私たちの可能性は、目には見えないところに無限に広がっています☆私も、三次元以上に意識をあげたことで、心の問題は自然と解消され、全てが癒され、心身共に健康になり、魂が赴くままに、自由に幸福感の中で生きていくことができるようになりました。どんな困難に思える問題も、全ての現実を受け入れ、心を整え、周波数を本来の状態に戻せば、必ず美しく解決されていきます。そして全ては、最善最高の方向へと再起動し始めるのです!私はこの現実を何度も体験してきました。本当の自分に還るということは、宇宙と繋がるということ。宇宙と繋がると、絶対安心、絶対信頼の世界しか体験できないのです。まだ、この世界を信用できませんか?どんな世界を生きるかはあなたの自由意思によって創り出されています。私も愛とは真逆の世界で孤独に生きてきましたが、今は広大な無条件の愛のもとで、私自身が愛として在ることができています。この命を愛のために使うことができているこれこそが「使命」=命の使い方これまでのすべてにありがとう!そしてこれからのすべてにありがとう!
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